
20代・30代で2度のがんを経験—がんが変えた仕事と生き方
2度のがんで、家族や自らの命と向き合い「健康があってこその仕事・子育て」へと価値観を転換した橋本さん。
インタビュー後編では、自身の体験を糧に、商品開発や生き方そのもので社会へ挑む強い想いに迫ります。
「仕事より自分の健康」へ、価値観が変わった
ーご自身も会社を経営されるなかで、2度のがんと子育ての両立は、どうされていたのでしょうか。
橋本さん:
子宮頸がんのあとも、子どもを育てないといけないし、夫もフリーランスになりたての不安定な時期で。私は会社が4〜5年目で安定していたこともあって、「もっと家族や息子のために稼がないと」という気持ちがすごく強かったんです。
橋本さん:
だから、自分の寝る時間を削っていろんな仕事を引き受けて、新しい事業も始めて。仕事も子育ても全力で、その代わりに自分を削る、という感じでした。でも、乳がんになったときに、「いつ死ぬかわかんないな」っていうことを再確認して。
橋本さん:
自分の健康より仕事を優先してきたし、息子のためにお金も必要だけど、ある程度あれば十分で。お金よりも大事なものがある、というのをすごく感じて。それで、自分の時間が削られるけどお金になる仕事を全部切ったんです。
橋本さん:
登録者数が20万人以上いたYouTubeチャンネルでの発信も、一度やめて。
それまでは息子を幼稚園に朝から預けて、お迎えが夕方になることもありましたが、それもやめて。
橋本さん:
朝もゆっくりして、幼稚園は朝の9時から午後2時まで。残りの時間は息子との時間にして、仕事はしない。働き方をガラッと変えました。

ーがんの経験を通じて、仕事への価値観が大きく変わったんですね。
橋本さん:
時間は有限だし、健康でい続けないと、息子とも長く一緒にいられないので。「仕事があってお金があるから子育てもできる」という順番を、「自分が健康でないと、子育ても仕事もできない」に変えた感じですね。
橋本さん:
病気になって、子宮とか胸とか、失うものも多かったですけど。得られたもののほうが大きかったな、と思っています。
コのほけん!編集部からひとこと
がんになっても働き続ける人のために、国は「仕事と治療の両立支援」を進めており、企業には、時短勤務やテレワーク、通院への配慮などを促す仕組みがあります。また、病気で会社を休み給与が出ないときに、公的医療保険(健康保険)から収入の一部が補われる「傷病手当金」という制度もあります。ただし、自営業・フリーランスが加入する国民健康保険には原則ないため、公的な保障が手薄になりやすいぶん、働き方や備えを自分で設計する視点が大切になります。
「今さえよければ」からの脱却と大胆な方針転換
ー仕事の「量」だけでなく、「中身」も見直されたそうですね。
橋本さん:
はい。私はもともと、ネイルのYouTuberとして、トレンドのアイテムを誰よりも早く買ってレビューする、というのをずっとやってきたんです。20万人以上フォロワーがいて、収入にもなっていたんですけど。
橋本さん:
でも病気のショックが大きくて、2年くらいほぼ発信ができなくなって。「この発信力を、そもそも何に使うべきなんやろう」って、ふと立ち止まったんですね。

橋本さん:
「なぜ自分ががんになったのか」を考えるうちに、気づいたことがあって。若い子が、目の前の快楽で「今さえよければいい」ってお金を使う。美容もそうで、昔の私もまさにそうだったなと。
橋本さん:
何が入っているか分からないネイル用品を「映えるから」ってレビューしたり、安全性の分からないサプリを企業案件で紹介したり。
そういうことは、もうやめようと思ったんです。
橋本さん:
そうしたら「安全」への基準が上がりすぎて、自社の製品ですら許せなくなって。会社の製品も一度売るのをやめて、一から作り直しました。病気が分かった次の日にはもう、Zoomの会議で「方針を変えます」って会社にも宣言して。
橋本さん:
1年半かけて、大人も子どもも安心して使えるネイル用品を作って、今年、やっと発売できたんです。「健康があるから、仕事も子育てもできるし、美しくもなれる」。それを、自分の生き方そのもので伝えていけたらな、と思っています。

がんとお金、2度の入院で感じたこと
ー2度のがんで、医療費はそれぞれどれくらいかかった実感がありますか。
橋本さん:
1回目の子宮頸がんは、ちょっと珍しいケースで。出産と一緒に子宮の摘出手術をしたので、がんの治療費用はあまりかかりませんでした。ただ、2回目の乳がんは、個室の入院を選んだこともあって、ある程度かかりました。100〜200万くらいはかかったと思います。
橋本さん:
乳がんのときは、仕事もしたかったし、Zoomで打ち合わせをするにも、大部屋ではちょっとできなくて。それで個室にしたんですけど、入院費用は結構かかりました。ざっくり、1日1万円以上はかかっていましたね。
ー2週間の入院なら、それだけで約20万円かかるということですね。
橋本さん:
そうなんです。ただ私は、子宮頸がんの入院で大部屋も経験していて。術後のめちゃくちゃしんどいときなのに、他の人の物音で寝られない。また病室に窓もないから、気持ちも憂鬱になって。
橋本さん:
乳がんのときは個室を選んで、そのおかげで好きなときに窓を開けられたし、太陽の光を浴びて「前を向こう」と思えた。確かに料金は高かったけど、それに見合う価値はあったと思いますし、もし次があっても、そこはきっと払います。
コのほけん!編集部からひとこと
入院時に個室や少人数部屋を選ぶと、「差額ベッド代(特別療養環境室料)」がかかります。これは公的医療保険や高額療養費制度の対象外で、金額は病院・部屋によってさまざまですが、橋本さんのように「1日1万円以上」も珍しくありません。なお、患者側が希望していないのに病院都合で個室になった場合などは、原則として請求されないルールもあります。
ーちなみに橋本さんは、がんに対する保障のある保険には入られていましたか。
橋本さん:
当時、私は何も入っていませんでした。起業してずっと仕事をしていて、健康診断も受けていなかったので、保険に入るきっかけも薄くて。そのうちに、子宮頸がんになってしまったのですが、がんになってからだと、入れない保険も多いんですよね。
橋本さん:
時を戻せるなら、多分、保険には入っていたと思います。なんで入っていなかったかというと、やっぱり保険に対する情報に疎かったというか。保険についてあまり知らなかった、というのが大きいと思います。
コのほけん!編集部からひとこと
一度がんなどの大きな病気にかかると、その後は通常の医療保険に入りにくくなる可能性があります。ただし近年は、持病や既往症のある人でも申し込みやすい「引受基準緩和型」や「無選択型」の医療保険も登場しています。通常の保険より保険料が高め、保障に条件が付くなどの特徴がありますが、がんなど大きな病気を経験していても、加入できる可能性があります。
ー保険については「お金を取られるだけ」というイメージも、世の中にはありますよね。
橋本さん:
ありますよね。保険料は取られるけど回収できないし、回収するような未来はいい未来じゃない、って。「保険に入っても損するだけなんじゃないか」というイメージは、若い子には特に多いと思います。実体験がないと、想像もできないので。
橋本さん:
でも、若くして病気になる人も、今は多いと思うんです。「病気になる可能性は、意外と高いんだよ」って気づかせてもらえるきっかけがあれば。「準備しておく」というのは、お金を搾取されることじゃなくて、自分を守ることなんだ、というイメージができたかもな、と思います。
読者へのメッセージ
ー最後に、橋本さんが今後やっていきたいこと、目指したいことがあれば教えてください。
橋本さん:
今までは、未来のことをあまり考えていなかったんですよ。でも、こういう病気になることって、なかなかない。すごく不幸なことだけど、自分を変えるきっかけになる、と私は思っていて。
橋本さん:
体感した人としていない人とでは、見えるものが全然違う。だから、せっかく病気になったなら、そこで考えを変えたり、自分を見つめ直したりしないともったいない、と思うんです。
橋本さん:
もちろん、症状によってはそんなことを考えられない人もいると思うので、全員に当てはめるわけではないですけど。治療して生きていける人なら、「今後どう生きるか」を見つめ直す、いいきっかけにしてほしいなと。
橋本さん:
私自身、会社の方針や製品、活動方針も全部変えましたし、今、新しい勉強も始めているんです。「自分や家族が豊かに」だけじゃなくて、「社会にどう貢献していくか」で仕事や選択肢を選びたい。その価値観を、息子につないでいけたらと思っています。
ー妊娠・子育て中にがんと向き合っているお母さんも、全国にたくさんいらっしゃると思います。そうした方にもメッセージをお願いできますか。
橋本さん:
病気になったことは、子育てにおいてもプラスに変えられると思うんです。息子が「ママのお医者さんになる」と言ってくれたように、子どもにとって病気が身近にあること、いつ死ぬかわからないから毎日を大切にすること。そういうことをリアルに伝えるのも、いい教育方法だと思っています。
橋本さん:
私のような女性系のがんだと、胸がなくなって見た目が変わったりするので、そこで悩んだり、ご自身に価値がないと思ってしまうこともあるかもしれません。でも、母親としては、後に残せるものが増えた。それはすごく大きいことだと思うので、そんなふうに考えてほしいなと思います。
まとめ(取材後記)
2度のがんを経て、今なお闘病生活が続く中でも「得られたもののほうが大きかった」と語る橋本さん。
その姿は、病を超えて自らの人生と誠実に向き合い、未来の社会や子どもにつないでいくという強い意思に満ちていました。
限りある人生の時間を「何に・どう使って」生きるか、そう生きるために万が一にどう備えるべきか、深く考えさせられたインタビューでした。










