
20代・30代で2度のがんを経験—妊娠中に判明した子宮頸がん
「あなたが生まれてきてくれたから、ママは今生きているんだよ」。
20代のとき、妊婦健診をきっかけに子宮頸がんが判明した橋本実花さんは、幼い息子にそう伝えてきました。
お腹の子を無事に産みたいという願いと、自分の身体を守る現実の間で悩み、最終的に「出産と子宮の全摘出手術を同時に行う」という決断をした橋本さん。
前編では、異変の発覚から治療・手術への葛藤、手術と入院生活までをたどります。
橋本 実花さんのプロフィール

大阪府在住のネイリスト、YouTuber、化粧品メーカー経営者。独学でネイルを学び、サロン経営を経てYouTube活動を開始。登録者数は約23万人(2026年時点)。現在は、WORLDLY LLC代表としてネイルブランド「Letizia by mika.」「Letizia ∴ Épure」などを手がける。20代で子宮頸がん、30代で乳がんを経験し、いまは「安全な美容」を掲げた化粧品づくりに取り組む。一児の母。
- 公式サイト(WORLDLY):https://worldly.co.jp/
- YouTube(橋本 実花):https://www.youtube.com/c/NailistMika
- Instagram(@mika__youtube):https://www.instagram.com/mika__youtube/
妊娠中に見つかった思いがけない異変
ーまず、子宮頸がんが判明した経緯から伺えればと思います。
橋本さん:
がんが見つかったのは、妊婦健診でした。定期的に診てもらっている中で、異変が見つかったんです。私は最初から「お腹の子どもを、ちゃんと健康に産みたい」という気持ちを、先生にはっきり伝えていました。
橋本さん:
ただ、妊娠しているとがんの成長も一層早くて。だから「子どもを優先しつつ、母体も守りながら産む」という方針で進めることになったんです。
ー具体的には、どんなふうに治療を進めていったのでしょうか。
橋本さん:
がんを取り出せるタイミングまでは、とにかく様子を見ながら進むしかなくて。妊娠33週に入った頃に、帝王切開で子どもを出産しました。
ーがんが見つかる前に、体調の変化などはあったんでしょうか。
橋本さん:
前兆は、特にありませんでした。
たぶん、もともと子宮頸部に初期のがんがあったんだと思うんですけど、見つかるほど大きく育ってはいなかったんですよね。
橋本さん:
妊娠すると、身体の栄養が子宮にぎゅっと集まってくるので、それでがんが一気に大きくなったんだと思います。産婦人科の検診にはちゃんと通っていたんですけど、それでも見つかるようながんではなかった、という感じでした。


コのほけん!編集部からひとこと
橋本さんが経験されたように、10代後半〜30代の若い世代でがんが見つかるケースは「AYA世代(Adolescent and Young Adult)のがん」と呼ばれます。この世代は、進学・就職・結婚・妊娠・出産といったライフイベントと治療が重なりやすいのが特徴です。また、妊娠中に見つかるがんは、母体の治療と胎児への影響の両方を考える必要があり、通常より複雑な判断が求められます。
「子どもには母親が必要」—子宮全摘出の決断に至るまで
ーご自身の身体とお子さんを授かる可能性と、とても難しい決断だったと思うのですが、主治医の先生とはどんな話をされたのでしょうか。
橋本さん:
自分が一人っ子だったこともあって、「子どもに兄弟をつくってあげたい」という気持ちがすごく強かったんです。だから最初は、子宮を残す温存療法ができないか、なんとか2人目を授かる方法はないか、先生とずっと話し合っていました。
橋本さん:
でもそのときに、先生から「子どもには母親が必要ですよ」と言われて。「1人目の子どものために、ご自身が長く生きるという選択をしたほうがいい」と言われて納得して。子宮を全部取る、という決断をしました。
橋本さん:
それまでは「自分より子どもを」とか「2人目を」ということしか考えられなかったんですけど、その言葉が「私の存在が、この子にとって必要なんだ」と思えるきっかけになったのかなと思います。
ー子宮の摘出を決めるまでに、別の病院や先生に相談する、いわゆるセカンドオピニオンも考えられましたか。
橋本さん:
もちろん、違う病院に行くこともたくさん考えました。ただ、実際にはなかなか大変で、調べたり手続きをしたりする負担も大きくて。子どももいっしょに診てもらっていたので、なかなか「セカンドオピニオンで違うところに」っていうのは簡単にできなかったですね。
橋本さん:
海外なら温存治療も選択肢として全然あるみたいなんですけど。私の場合は同時に出産もしないといけなかったので、やっぱり難しかったです。
ー治療については、ご家族とも話し合って決められたのでしょうか。
橋本さん:
夫は、最初から「私の決断に合わせる」という感じでした。がんが転移していない可能性に賭けて、もし私が「子宮頸部だけ取って残す」と決めていたら、たぶん同意してくれたと思います。
橋本さん:
一方で母は、「子宮を全部取ってしまったほうがいい」と。「1人産めるんやから、それでいいやん」って。少しでもがんの可能性をなくすために、綺麗さっぱり取ってしまおう、という考えでした。
ーお母さまと旦那さんとで、判断の軸が少し違ったんですね。
橋本さん:
「娘の命があってほしい」と願う母と、「命はもちろん大事だけど、(私の)生きたい人生を大切にしてほしい」と考えてくれた夫、という違いはありましたね。

直前まで働きながら、出産と子宮摘出手術を迎える
ー出産と手術を控えて、直前はどのように過ごされていたんですか。
橋本さん:
入院して手術する前日まで、パソコンで仕事してました。脚もパンパンに腫れて手術を控えてもう動けない、みたいな状態だったのですが。自分の会社でやらないといけないこともあるので、なんとか仕事をしていたという感じですね。
橋本さん:
今まで、「自分」と「仕事」だったら、割と「自分」を犠牲にしてでも仕事する。そんな感じだったので、がんになっても仕事をしていました。
ー手術当日のことを教えていただけますか。
橋本さん:
まず、下半身麻酔で帝王切開をして。とりあえず、出てきた子どもと会えました。そのあと子どもはすぐ保育器に入って、NICU(新生児集中治療室)に入院しました。私のほうは子どもを無事に取り出せたあと、今度は全身麻酔に入って。子宮頸部と子宮をまるごと全部と、そのまわりのリンパ節も取る手術をしました。
「母親らしいことができない」—苦しみと向き合った入院生活
産後の身体に、手術の影響は大きかったのでしょうか。
橋本さん:
手術のあとは1カ月くらい、けっこう長く入院していたんですけど、やっぱり身体がすごくしんどくて。歩くこともままならない感じでした。しかもその時期はコロナ禍で。同じ病棟にいる息子にもなかなか会えないし、お世話もできない。その苦しみとも戦っていました。
橋本さん:
子どものために母乳を届けてあげたかったんですけど、自分の身体を修復するのに精一杯だったのか、ほとんど出なくて。本当にもう、ちょっとだけをなんとか絞り取って届ける、みたいな感じでした。
橋本さん:
「母親として子どもにしてあげなきゃいけないこと」ができていないということが、精神的には一番苦しかったですね。
ー入院中、そういった悩みについてどなたかに相談されたりしたんでしょうか。
橋本さん:
夫や母は、家から遠いのに、病院に毎日荷物を届けに来てくれたりして、サポートはしてくれていたんです。でも、「もう子どもが産めなくなる」という根本的な苦しみや、母親らしいことができないという苦しみは、ずっと自分の中にありました。
橋本さん:
結局、自分でなんとか気持ちを立て直すしかなくて。
「子どものために、崩れないよう前を向こう」って思って、
自分を立て直していました。
手術と入院、5年間にわたる治療生活を終えて
ー退院されたあと、子宮頸がんの治療は続いたのでしょうか。
橋本さん:
治療としては、もう子宮を取って終わりでした。がんの転移も特に見られなかったので。あとは、手術の傷の治りや、内臓の癒着がないかを定期的に検査していく感じでした。それを5年間ずっと続けて、転移も見られなかったので。子宮頸がんに関しては、とりあえずフィニッシュできたんです。
ー33週という早産でしたが、息子さんのその後はいかがですか。
橋本さん:
大きな問題はないですね。
息子はNICUに2カ月弱くらい入院していて、当時は酸素を通すための補助もあったんですけど、それもちゃんと外れました。
橋本さん:
今はちょっと喘息の症状があるのですが、成長とともに治っていくだろうと言われていて。心配なところはありながらも、特に問題なく、元気に育ってくれています。
コのほけん!編集部からひとこと
がんの治療では、手術そのものだけでなく、入院・通院期間の長さが家計に影響することがあります。公的医療保険では、1カ月あたりの自己負担が一定額を超えると払い戻される「高額療養費制度」があり、大きな支えになります。一方で、入院時の差額ベッド代や食事代、また通院のための交通費などは対象外となるケースが多く、これらの費用については貯蓄のほかに、民間のがん保険や医療保険で備えるという考え方もできます。
インタビュー中編に続く
出産と手術を同じ日に経験し、一人で気持ちを立て直しながら、5年間の検査を終え、橋本さんの子宮頸がんはようやくひと区切りを迎えました。
しかし、それを「油断していたのかもしれない」と、橋本さんはのちに振り返ります。
30代になり、子宮頸がんの経過を見るため、いつもの定期検診で受けたCT検査で、小さな「影」が映りこんだことをきっかけに、乳がんが判明しました。
インタビュー中編では、乳がんの発覚と診断時の心境、入院直前に挙げた沖縄での結婚式、手術と治療までを伺います。








