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巨大災害リスクにおける保険の意味と重要性
教育機関・研究機関の専門家インタビュー記事一覧

巨大災害リスクにおける保険の意味と重要性

​慶應義塾大学商学部でリスクマネジメント・保険を中心に研究・指導されている柳瀬典由教授に、『巨大災害リスクにおける保険の意味と重要性』をテーマにお話を伺ってきました。

今の専攻を志されたきっかけは何ですか?

人との出会いです(学部のゼミ選びで当時の指導教官と出会い、先生との相性が良かったことがきっかけです)。

 

 

先生にとって、保険を一言で表現すると、どのようなものでしょうか?

社会を支える「目に見えない」インフラです。

 

 

巨大自然災害の保険利用の重要性はリスク許容度によって異なる

コのほけん!編集部

近年、日本で地震・台風・洪水など様々な自然災害が発生しております。このような巨大災害リスクに伴う、経済的損失における保険利用の重要性を教えてください。

柳瀬典由教授
プロテクションギャップ(※)がなかなか減らないという現象は、日本のみならず、世界的にも問題となっています。

 

プロテクションギャップ

プロテクションギャップ(protection gap)とは、ある社会に対して保険が果たすべき総ポテンシャル(経済的損失に対して期待される補填額)と実際に購入された保険や付保状況とのギャップ(差があること)のこと。

例えば、スイスのスイス再保険会社の研究所(Swiss Re Institute)が刊行している調査誌シグマ(sigma )でも、この問題はしばしば議論されています。

したがって、社会・経済全体の観点から、地震・台風・洪水など様々な自然災害に対して、保険の利用可能性を高めていく必要があるということは、自然な方向性だと思います。

ただ一方で、個人・家計で見るか、あるいは企業、企業といっても、中小零細企業から上場している大企業までありますが、保険の購買主体のリスク許容度、ないしは、リスク耐性の違いには留意しなくてはならないと思います。

要するに、保険の購買主体のリスク許容度がそれぞれ異なるなかで、保険利用の相対的な重要度というのは、変わってくるのではないでしょうか。

例えば、リスク許容度(耐性)が十分に高い水準にある保険の購買主体、例えば、トヨタのような大規模な上場会社であれば、十分な金額の現金を貯めておき、いざというときにそれを活用することもできるでしょう。

さらに、そういった上場企業であれば、企業のオーナー、つまり、最終的なリスクテイカーである株主は、別にトヨタ以外の会社にも株式を分散投資すればいいわけですから、他の企業に投資することで「自ら」リスクは十分に分散することができます。

これに対して、個人・家計、あるいは、中小零細企業というのは、実質的に体1つですから、トヨタの株主のようにリスク分散をすることはできないわけで、その意味において、リスク許容度(耐性)はあまり高くないと考えられます。そうすると、自分でリスク分散ができない以上、やはり保険に頼らざるを得ない可能性が相対的に高くなります。

地震・台風・洪水など様々な自然災害への備えとして、保険は有力な候補の一つではありますが、その購買主体のリスク許容度(耐性)によって、対策の仕方は多様であって良いと思います。

コのほけん!編集部
中小企業は巨大自然災害リスクに対し保険で備えるべきでしょうか?

柳瀬典由教授
そもそも、巨大自然災害リスクに対して、中小企業の保険加入は義務ではありません。

自主的・主体的に保険料を払って、厳密には付加保険料を払ってでも保険に入りたいと思うなら、その気持ちに任せておけばいいと思います。

逆に、保険料が高いから保険に入らなくてもいいという考えも、意思決定の合理性を前提とする限り、それぞれの判断に任せておけばいいです。

もちろん、中小企業の場合は、大企業と比べて、リスク許容度(耐性)が低いはずですから、保険利用のメリットは比較的大きいのではないかと思います。

ただ、ここで問題になるのは、政府などによる事後的な救済スキームの充実が、中小企業の災害前のリスクファイナンスに関する努力の目を摘んでいるのではないかということです。

例えば、政府が税金を使って災害発生後に救済するというしたら、どんなことが起こるでしょうか。あたりまえですが、みんなそれに頼るに決まっているわけです。

最近のコロナ禍でも似たような話が問題になっていますよね。

ここですごく厄介な問題が発生します。災害発生時に、その会社が本当に困っているのか、実は休業したほうが得だから休業しているのかを、事後的に識別することは、とても難しいという問題です。

事後的な識別ができないとなると、どうなるでしょうか。じゃあ、もうみんなを助けようってことになるのではないでしょうか。そして、助けるならば、みんな一律に助けようと。

では、本当に救うべき企業とはどんな企業でしょうか?

一言でいうならば、それは、仮に災害が起きなければ十分に事業を継続し成長し続ける意志と能力がある企業ではないでしょうか。でも、そういった意志や能力はなかなか外からは観察することができません。それらは、経営者の「心の中」にあるものです。

「心の中」にあるからこそ、事後的な識別は非常に難しくなるというわけです。

そして、事後的な識別ができない以上、みんな一律に助けようということになると、その裏では、本来は得るはずじゃない資金を得ている人たち出てきますよね。結局、そのお金は、真面目に働いているわれわれの税金から支払われることになるのです。

その一方で、事後救済によって本当に救うべき人が救われることもあるわけです。ですから、この問題は厄介でとても難しいのです。

要するに、何らかの大きな災害、感染症も含めてですけども、大きな災害が起きた後に、いざとなったら、なんとか国や社会がみんなを助けてくれるという雰囲気、つまり、目に見えない「セーフティーネット」への過大な期待があるために、災害が発生する前、つまり、平時には、個人・家計も企業も、本来もっと頑張れるはずの努力を「無意識」のうちに放棄しているのではないかという問題です。

このことを、「モラル・ハザード」(※)ということがあります。

モラル・ハザード

モラル・ハザード(moral hazard)とは、例えば、失業した場合に、十分な失業保険が支給されて生活が保障されるという制度があることで、自分から働こうとしなくなる、などの現象を指します。その結果、失業者がなかなか減らないといった新たな社会・経済問題を引き起こしてしまいます。

結局、災害時の事後的な救済への過度な期待、こういった暗黙の政府保証のようなものの存在は、かえって、自然災害リスクに対する中小企業の足腰を弱めてしまっている可能性もあるのです。

では、どうしたらよいか?

ここで、民間の保険が重要な役割を果たすのではないかと思っています。

例えば、ある中小企業が、災害が起きなければ十分に事業を継続し成長し続ける意志と能力があると考えているとしましょう。そして、何でもかんでも事後的に政府が救済するという雰囲気がない世界を想像してみます。

すると、そういった会社の経営者は、巨大自然災害リスクへの備えとして、ある程度大きな費用負担を、災害発生前に覚悟するかもしれません。例えば、自然災害関連の民間保険の購入です。
そういった事前の努力の証明として、例えば、保険の領収書があるわけです。

そうすると、その領収書でもって、 前もって保険に入っていたのだったら、そういった企業というのは巨大災害が発生したとしても、自分たちは生き残って事業を継続しようという強い意志と能力がそこにあるんだと、それらを平常時から持っているんだってことで、じゃあ、そういったところを重点的に政府もサポートするということができるかもしれません。

つまり、民間保険の加入という災害発生前の「行動」こそが、事後的な識別をするためのシグナルになるかもしれません。

保険利用の直接的な意味のみならず、社会を支える「目に見えない」インフラとして、民間保険の意義も期待できるかもしれません。

もちろん、みんなが結託して、全員で保険に入らないという手を取ると、今のアイデアが崩壊してしまう可能性もあるので注意は必要ですけどね。

まとめますと、巨大自然災害に対して中小企業は保険に入るべきだ、というある種の義務感の植え付けには意味はなく、それぞれが喜んで支払いたいと思う保険料までを負担してもらうこと、つまり、自然と保険に入りたくなるような仕組みが重要だということです。

ただ、一方で、巨大自然災害が起きた場合には、政策的な事後的救済策が無尽蔵に許容されてしまう風潮があるため、平常時からそういったことへの過度な期待が生まれてしまい、これが巨大自然災害に対する中小企業の足腰をかえって弱めてしまうかもしれないということ。

こういった歪みの部分的解消のために、民間保険が社会的に重要な役割を発揮するかもしれないと期待しています。

慶應柳瀬典由教授1

自然災害以外のリスクは保険商品として成立する?

コのほけん!編集部

自然災害以外にもリスクマネジメントすべき災害はありますか?(例えば、パンデミック、テロ、戦争等のようなものはリスクマネジメントが可能でしょうか?)

柳瀬典由教授
リスクマネジメントの対象という点でみると、自然災害などすべてのリスクが対象になると思います。今話題の企業サイバー攻撃のリスクなども重要な対象の一つだと思います。

パンデミックや大規模な戦争などは、リスク分散の限界などを原因として、保険化するのが難しいと言われています。

したがって、巨大自然災害に関しては、グローバルなリスク分散がどこまで可能かという点にかかってきます。それが難しいのであれば、例えば、パンデミックのような場合ですが、官と民とでの役割分担の仕組みが必要かもしれません。

まずは国内でリスク分散を追求し、さらに必要であれば、海外の再保険や保険リンク証券(ILS)などを活用することでグローバルなリスク分散のスキームも検討し、それでも残ってしまうという残余のリスクについては、国民的な議論をふまえた上で政府が引き受ける可能性を考える。

いずれにせよ、官民の役割分担の前提として、できるだけ広く地理的なリスク分散の範囲を広げていくことが重要だと思います。それができれば、自然災害以外の巨大リスクに関しても、保険商品として成立する余地はあると思います。

保険金支払に備えて、保険会社等では再保険以外にCATボンドの利用も

コのほけん!編集部

巨大自然災害リスクは、被害を受ける人が多く、1人当たりの被害額も大きいため、保険会社の支払い可能な金額を超える可能性を含んでいます。保険会社は、そのような事態にどのような対策をしているのでしょうか?

柳瀬典由教授
保険金の支払いに対して、保険会社は、その保険会社の資本あるいは資本に準ずるもの、例えば、責任準備金等で対応することになります。

保険会社によっては、さらに、その責任準備金の法定の部分を超えて、会社によっては積んでいる部分もあるかもしれません。

もちろん、その保険会社の資本だけではもうまかなえないっていうことを事前に想定するならば、再保険や、CATボンド(※)などの保険リンク証券(ILS)の活用も考えられます。

CATボンド(キャットボンド)

CATボンドとは、Catastrophe Bondのことです。一定のリスクを保有する企業等が大規模自然災害の補償による損失の発生を避けるために売り出す債券のこと。あらかじめ定めた基準を超える災害が発生しなければ、利回りに加えて元本が投資家へ償還されますが、災害が発生した場合は元本の一部若しくは全額が減額される仕組みです。

もっと詳しく

リスクを保有している企業等が、特別目的会社(SPC、Special Purpose Company)を設立し、一定の保険料をSPCに払い、リスクをSPCへ移転します。

SPCは大災害が発生した場合の所定の条件を設定した上で証券を発行し、引き受けたリスクに等しい金額の資金を資本市場から調達します。

SPCから証券を購入した投資家は金利を受け取ることができます。

満期を迎える前に、万が一、大災害が発生し所定の条件を満たしたとき、投資した元本は投資家に戻さず、保険料を払っていたリスクを保有している企業等が保険金として受け取ることになります。

満期までに所定の条件を満たす大災害が発生しなかった場合、投資原本は投資家の元に払い戻されます。

柳瀬典由教授
ところで、保険ではないのですが、東日本大震災が発生したとき、地震保険制度の枠外にあるJA共済がCATボンドを利用していたことで、余裕をもって共済金の支払いができたという話(※)は有名です。

ただ、CATボンドの満期日が迫っていたので、東日本大震災の発生があと少し遅かったら、JA共済の財政状態は大きなダメージを受けていたかもしれません。

参考

JA共済は2008年5月にケイマン諸島に特別目的会社のMUTEKI Limitedを設立。
MUTEKI Limitedが投資家に対して3年満期(2011年5月14日)、額面3億ドルの米ドル建て債券「Muteki債」を発行して資金を調達した。東日本大震災では、所定の条件を満たしたため、JA共済が3億ドルを受け取り、共済金の支払いに充てたもの。

自然災害リスクに対する損害保険の加入は増加傾向

コのほけん!編集部

2011年東日本大震災が発生し、それ以降も大地震や台風などで多大な損害を被る自然災害が毎年のように発生してます。災害発生時の損失補填の目的での保険の加入は増えているのでしょうか?

柳瀬典由教授
災害発生時の損失補填の損失をちょっと広めにとって、被災後の生活資金の確保という点を含めて考えると、大震災後の地震保険制度への加入は増えていると思います。

実は、大きな地震やハリケーン、竜巻、風水害など、大きな災害の後に災害保険の加入率が急増するという現象が、日本だけでなく世界中で見られます。

ただ、そういった急増現象はだいたい数年で元に戻るといわれています。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということですね。そして、また大災害が起きると保険加入が急増し、数年で平均回帰する。この繰り返しです。

とはいえ、災害保険の加入率が上昇していくトレンド自体は、基本的には上向きだと思います。

実際、日本の地震保険制度の世帯加入率は、全国平均で約34%(※)まで上がってきています。

もちろん、大災害の発生自体というよりも、災害後の政府などによる周知広報活動というものも、加入率向上にとって重要や役割を果たしているかもしれません。

地震保険 2020年度末世帯加入率 33.9%
※出典:損害保険料算出機構 グラフで見る!地震保険統計速報

ただ、都道府県別で見ると、やはり東北の宮城県(2020年度末世帯加入率 51.9%)、九州の熊本県(2020年度末世帯加入率 43.5%)などの地域が高いことも確認できます。東日本大震災や熊本地震による直接の被災経験が影響しているのかもしれません。

慶應柳瀬典由教授1同じことは、阪神淡路大震災後に、例えば、直接の被災を経験した神戸で、特に加入率が急増するということは理解しやすいと思うのですが、実は、神戸からはるかに距離が遠い東京や札幌などの全国の大都市を含む神奈川県、東京都といったところで、他県よりも地震保険の加入率が急増していたことが、私たちの研究(※)でも確認されています。

Kakamu, Kamiya, Staufer-Steinnocher, Yamasaki and Yanase (2022) “Context Comes to Mind: Evidence and Implications for Protection against Catastrophes, ” Nanyang Business School Research Paper No. 22-12.

いずれにしても、大災害が発生したことでその後数年間は地震保険の加入率が急増するというのが一般的に見られる現象ですが、なぜ急増するのかについては、まだよくわかっていません。

ただ、解釈としては大きく2つの可能性が考えられます。

1つの解釈は、大災害に直面したことで、人々のリスク許容度(耐性)自体が低下してしまった可能性です。

リスク許容度(耐性)が低下することによって、つまり、よりリスクに対して保守的になった結果、より高い保険料を払ってでも保険に入りたいと考える人たちが増えたのではないかという解釈です。

ただ、こういった解釈には、とくに学者の中からは大きな批判があることも事実です。つまり、リスク許容度(耐性)のような私たちの心の奥底にあるもの、これは同じ人の中ではそう簡単には変化しないはずだ、という批判です。

要するに、大災害に直面したとしても、性格とか気質のようなものはそんなに変わらないということですね。

そこで、別の解釈が議論されることになる。つまり、リスクに対する人々の認知が、災害経験によって変わるのではないかということです。

例えば、サイコロ投げをした場合、サイコロの目が出る客観的な確率はどの目であれ、6分の1です。

ところが、サイコロを投げて1の目が5回連続で出たとします。

そしたら、次に1の目が出る確率は何分の1ですか?と質問をすると、きっと多くの人は6分の1とは違って、「いや、もう次は出ないだろう」と確率が0に近いというようなことをいう人もいれば、「これだけ1の目が続いて出たのだから、次も1の目が出るはず」と確率が1みたいなことを言う人が出てきます。

つまり客観的な確率とは異なる、主観的な確率が生まれる。確率が「歪む」という現象ですね。

例えば、「100年に1回の大災害なんだから、もうしばらく起きないだろう」、あるいは、「これだけ大きな災害が今起きたということは、引き続いて次も起きるだろう」といった直観が大きくなってくる。

このことを、「バイアス」とか「ヒューリスティック」ということがあるのですが、これがあることで、大災害を経験したことで、人々のリスク許容度(耐性)は変わらなかったとしても、大災害の経験が災害保険への加入行動に大きな影響を与えるのではないかと考えられます。

じゃあ、どちらの解釈が正しいのか?

実は、この識別は十分にまだできていません。

ただ、非常に興味深いところで言うと、大災害と人々のリスク許容度(耐性)との関係を分析しようという研究が最近、クローズアップされています。

コのほけん!編集部
この研究というのは心理学ですか?

柳瀬典由教授
経済学と心理学の融合領域とでもいうのでしょうか、いわゆる「行動経済学」です。

これは、大阪大学を拠点として長年実施されている「複数の時点で同一個人に対して追跡調査を行ったパネル調査」(※)を活用したものです。

「くらしの好みと満足度についてアンケート」調査

Japan Household Panel Survey on Consumer Preferences and Satisfaction (JHPS-CPS)

例えば、特定のAさんの追跡調査をします。その追跡調査している途中で、大きな災害が起きたら、その災害の影響によって、その人の行動がどう変わったかっていうことがわかります。

追跡調査をしているパネルデータを使った研究の結果がいくつか出てきています。

2011年の東日本大震災の後に、保険加入率が増えて、リスクに対して保守的になっているという推察ができると思うんですけれども、実は大規模調査の結果とは逆でした。

先ほどからお話しているように、大災害後に災害保険の加入が急増するということは、かりに、人々のリスク許容度(耐性)の変化で説明するのであれば、大災害後に人々のリスク許容度(耐性)が低くなるのではないかと予想されますね。

つまり、人々がより保守的になるということ。

ところが、さきほどのパネル調査を利用した最近の研究(※)では、逆の結果が報告されています。

その研究では、特に男性に関しては、東日本大震災という大災害の後、震災でより強い被災経験をした人のリスク許容度(耐性)が高くなるという結果が出ています。

被災経験のようなショックが、人々を保守的ではなく、むしろギャンブラーにしてしまうのですね。

Hanaoka, Shigeoka and Watanabe (2018) “Do Risk Preference Change? Evidence from the Great East Japan Earthquake, ” American Economic Journal: Applied Economics: 著者:花岡智恵(東洋大学)・重岡仁(サイモンフレーザー大学)・渡辺安虎(東京大学) の論文

実は、同じような結果が、つい最近出たコロナに関する研究論文でも同じ結果が出ています(※)。

Tsutsui and Tsutsui-Kimura (2022) “How does risk preference change under the stress of COVID-19? Evidence from Japan, ” Journal of Risk and Uncertainty.

この論文によると、COVID-19のような大きなショックを受けた後、脳のなかで、繰り返されるストレスに対する「慣れ」が生まれてくるらしいのです。

ショック慣れの結果、以前よりもリスク許容度(耐性)が高くなるということです。

そうすると、さきほどの1つ目の解釈、大災害に直面したことで、人々のリスク許容度(耐性)自体が低下してしまったという説明には無理があるかなと。

むしろ、大災害後の災害保険加入の急増というのは、やはり短期的なバイアス、つまり、リスク認知のほうにあるんじゃないか、という気がします。

実はこのあたりについては、以前、私たちも地震保険のデータを使って研究したことがあります(※)。

Kamiya and Yanase (2019). “Learning from Extreme Catastrophes, ” Journal of Risk and Uncertainty.

損害保険の加入意義は保険加入者の価値観に左右される

コのほけん!編集部

リスク規模が読めない自然災害が増えてきている中で、今後も損害保険は機能を果たすことができるのでしょうか?(個人が損害保険に入ることの意味はどれだけあるのでしょうか?)

柳瀬典由教授
保険会社がそのリスクを引き受け、アンダーライティングして引き受けさえしてくれれば、保険会社が潰れない限りは、損害保険が機能を果たせないということはないです。

個人が損害保険に入ることの意味というのは、保険の加入者とってみると、別にその保険料で納得しているのであれば、入る意味があるから入っているのではないでしょうか。

ただ、実際に現場で問題になりそうなのは、個人も中小企業もそうですけども、自分の意思で保険に入っているのかということですよね。

では、私たちが、無意識であれ、自分のリスク許容度(耐性)にもとづいて、合理的な意思決定として保険に入っているのかということについては、よく分かりませんね。むしろ、このあたりは、保険代理店の現場の最前線にいる方々に伺いたいところです。

 

個人のリスク許容度(耐性)の研究はされていますか?

柳瀬典孝教授
リスク許容度(耐性)を直接、対象とする研究はこれからやっていきたいと思っています。

例えば、アンケート調査やラボ実験ですね、こういった方法を使って、人々の心の中にあるリスクに関するパラメーターを計測しようという動きは、さきほども少し触れましたが、昔からあります。

さらに、最近では、そういったことに加えて、さきほどの地震保険の話に出てきた、バイアスとかヒューリスティックとか、そういったところを捉えようという動きもあります。

その時の「雰囲気」で 買ったり、買わなかったりすることってあるじゃないですか。この「雰囲気」って、合理的な意思決定でとは無関係ですよね。でも、なんとなく「納得感」が生まれる。

「納得感」って何なんでしょうか?すごく難しいけど、研究対象としては凄く面白いですよね。

例えば、以前、ドイツだったかな、海外の保険関連の学会に参加したとき、面白い研究発表を聞きました。

ある研究者たちの実験で、ハッピーエンドの映画を見た被験者とバッドエンドの映画を見た被験者のグループで、映画を見たあと、その保険購買等に関する様々な質問をしたところ、 ハッピーエンドの映画を見た被験者たちよりも、バッドエンド映画を見た被験者たちのほうが保険に入るという選択をする人が多かったそうです。

シンプルな結論ですけど、なんとなく「納得感」がありませんか?

その人がハッピーエンドの映画を見た場合、そうじゃない映画を見たというのは、感情以外のなにものでもなくて、その人のリスク許容度であったり、その人の所得であったり、その人の職業やその人が直面するリスクの分布というのは何も変化がないのに、映画を見たことで結果が変わるというのは、なんかの脳の中で、なんだかよくわからない「納得感」が勝手に形成されているという。

行動経済学の分野では、昔からよく言われてますけど、結局、直感って何?ということです。

直感というのは、しばしば系統的なエラーをするということも知られていて、 系統的なエラーをみんなが同じ方向でしてしまった時に、世の中全体が右に行ったり左に行ったりして。

その結果、例えば、経済の分野では、バブルが起きたり、株価の暴落が起きたり。

実は、こういったことは、保険の販売現場でも見られることではないかな、と思っています。

例えば、凄腕の保険営業の方って、意識的なのか、無意識なのかわかりませんが、お客さんになんとなく「納得感」が生まれるような文脈というかストーリーというか、そういったものを見せるのがすごく上手い。

例えば、その人の所得などの経済状況や、リスク許容度(耐性)などから見て、その人にとって望ましい保険購入ではなくて、なんとなく「納得感」をもつようなストーリーを見せることによって、 いいかえれば、人々がもっているバイアスとかヒューリスティックのようなものを利用することで、保険の売り買いが成り立つとか。

もちろん、プロの保険営業の方はそんなことは考えていないと思うんですが、無意識のうちに、人々の癖のようなものを結果的に利用しているのではないかと。

逆にいえば、本来保険に入るべき人であっても、何となく入りたくないと思っている人を、良い意味でうまく誘導できるかもしれません。

なんだかもっともらしいと言えるようなコンテキスト、文脈というものを自分の中で比較して、それに都合のいい情報を集めてきているんだ、という説明ですね。

もしかすると、 阪神淡路大震災後に、揺れを感じたであろう地理的に近い地域ではなく、遠く離れた大都市部で、地震保険の加入者が急増したかもしれないという現象は、神戸の高速道路の倒壊など、都市交通が麻痺している姿の写真や動画がテレビなどを通じて全国的に報道されたからかもしれません。

そうすると、そういった映像を見た人が、かりに、例えば東京だったり、札幌だったり、神戸と似たような大都市だったらどうでしょうか? 逆に、周りがもっぱら山しかないところに住んでる人だったどうでしょうか?神戸の震災の「映像」から生み出される文脈、ストーリーって、同じでしょうか?

多分、違うでしょう。

そうすると、生活空間が大都市かどうかという点は、人々のバイアスやヒューリスティックに与える影響として、だいぶインパクトが違うんじゃないかっていう仮説が考えられます。

話が飛びましたが、特に個人の保険購入の場面というのは、多分合理的な部分ではなくて、バイアスやヒューリスティックが作用する範囲が広いのではないかと思います。

そうすると、一体それがどういうところから生まれてくるのか、すごく気になります。

ラボ実験なり、長期のパネル追跡調査などを活用して、いろいろ議論されていますが、最近では、脳波を測定したりする研究なども出てきていて、いろいろな分野との協業がもっと必要かもしれません。

最近面白いなと思ったのが、「アイトラッカー」を利用して、例えば、保険の契約説明しているときの目の動きなどをデータ化して解析をする研究です。

いずれにせよ、人々の保険購入の意思決定はどこから来るのか?合理的要素なのか、非合理的なバイアスなのか?その両方なのか?それぞれの割合は?などなど。

引き続き、いろいろ考えていきたいですね。

コのほけん!編集部
「納得感」についてのお話がありましたが、弊社のミッションはまさに「自分に合った保険を、自分で選べる世界へ」なのですが、柳瀬教授からみてどう感じられますか?

柳瀬典由教授
良いミッションだと思います。ただ、あえてコメントするとしたら、それが成り立つ大前提として、人々の保険購入の意思決定はどこまで合理的か?ということでしょうか。

つまり、私たちは、どれほど合理的に「自分に合った保険」ということを意識できているのかという点です。

もちろん、みんなが合理的な理由を意識して保険を買っているという世界を想定すれば、何の問題もありません。

ところが、バイアスとかヒューリスティックとか、そういった非合理的ファクターが、個人の保険の加入行動において、大きなシェアを占めているということであれば、どうでしょうか?

なんとなく「納得した気」になるような文脈とかストーリーが必要になってくるかもしれません。

最近、よく言われているのは、金融や保険リテラシーの役割です。

こういったリテラシーを身につけることで、人々の保険購入の意思決定が合理的な部分でより多く説明できるようになるかもしれません。

実際、ここ10年くらいですが、経済学の分野では、金融商品の購買行動とリテラシーとの関係について、非常に多くの研究が蓄積されています。

そうなってくると、合理的に「自分に合った保険」ということを意識できる人が増えるので、そういう人にとっては、「自分で選べる世界」という選択肢の多様化はすごく良いことだと思います。

まとめ(編集部後記)

近年、集中豪雨などで自然災害による大きな被害が増えており、損害保険会社の保険金の支払いは膨らんでいます。火災保険の保険金支払いの増加は、保険料率の引き上げに繋がります。今年2022年10月には、火災保険の保険料の目安となる参考純率の引き上げが予定されています。

今後も自然災害がなくなることはなく、集中豪雨などのように規模が大きくなる可能性がある中で、直接の損害補償以外にも、損害保険の果たす役割が大きいことがわかりました。

今回の柳瀬典由教授のインタビューを通じて、保険の加入、リスクに対する備えに、バイアスやヒューリスティック等の非合理的な要素が大きく関わっている可能性があり、これをどうやって合理的な選択に近づけていけるのかという点がお客様にあった保険をお客様に選んでいただく上での課題だと感じました。

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