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自転車保険は強制保険にすべきか?その必要性と社会的意義について
教育機関・研究機関の専門家インタビュー記事一覧

自転車保険は強制保険にすべきか?その必要性と社会的意義について

京都産業大学法学部で保険法、商行為・海商法などを教えていらっしゃる吉澤卓哉教授に、執筆された論文「自転車保険は強制保険とすべきか」をテーマにお話を伺いました。

今の専攻を志されたきっかけは何ですか?

私は損害保険会社に30年以上勤務した後に大学教員となりましたので、自然と保険を専攻することになりました。

 

 

先生にとって、保険を一言で表現すると、どのようなものでしょうか?

損害保険は「相互扶助」、生命保険は「相互扶助 and/or 貯蓄」だと思います。

 

 

研究のきっかけ

コのほけん!編集部

先生は自転車保険を強制保険とすべきかというテーマの論文(共著)を発表されていらっしゃいますが、自転車保険に着目して、このこちらの研究に至った経緯などをお話をさせていただければと思います。

吉澤卓哉教授
京都市では、自転車保険条例を作るに際して京都市自転車政策審議会が設置され、その特別委員を拝命しまして、2015年12月から参加しておりました。

審議会の答申を受けて、京都市の自転車安心安全条例で自転車損害賠償保険等の付保が義務化されました。

その流れから、「自転車保険を強制保険とすべきか」というテーマで、大倉真人先生(同志社女子大学)、榊素寛先生(神戸大学)と私の3人で研究をして、英語論文として発表しました(経済学論文)。

自転車保険(じてんしゃほけん)

自転車保険とは、万が一、自転車事故で加害者となったときの損害賠償および自身の怪我等に備えるための保険ですが、自転車保険の義務化の対象となっているのは、そのうちの賠償責任保険の部分です。一般に、自転車保険と称して販売されている保険商品のほか、自動車保険や傷害保険等に付帯する「個人賠償補償特約」がこれにあたります。

ココに注意

保険会社、保険商品ごとに補償内容や保険金額や保険料が異なるため、詳細は保険会社へご確認ください。

自転車保険の必要性とは?義務化する自治体が増えた背景は?

コのほけん!編集部

過去、自転車による事故の賠償が高額請求になった事例があり、自転車保険を義務化する自治体が増えてきておりますが、自転車保険の必要性や義務化する自治体が増えた背景などを教えてください。

吉澤卓哉教授
神戸地裁の平成25年(2013年)7月4日の判決の事案は、加害者たる小学生が高齢者の方に自転車で衝突して、被害者に重度の後遺障害を遺したものです。判決は、9,500万円強の損害賠償金支払を加害者たる小学生の親に命じました。自転車事故で高額な賠償判決が下されたことが社会的に大きな問題になり、自転車保険義務化のきっかけになったと思います。

コのほけん!編集部
9,500万円はものすごく高額だと思いますが、それを超えるような判例等はありますか。

吉澤卓哉教授
自転車活用推進官民連携協議会のウェブサイト(重点的な取組)に、自転車事故による高額賠償事例が載っているかと思うのですが、そこではやはりこの神戸地裁判決(9,500万円)が最高額だったと思います。そこには、もう1件、同じように9,000万台の賠償判決が掲載されていたかと思います。

賠償額(万円) 裁判所 判決日 被害者 被害内容 加害者
9,521 神戸 平成25年7月4日 62歳女性 歩行者
後遺障害
11歳小学生
無灯火
9,266 東京 平成20年6月5日 24歳男性 自転車運転
後遺障害
男子高校生
交通違反
6,779 東京 平成15年9月30日 38歳女性 歩行者
死亡
男性
交差点進行
5,438 東京 平成19年4月11日 55歳女性 歩行者
死亡
男性
信号無視
4,746 東京 平成26年1月28日 75歳女性 歩行者
死亡
男性
信号無視

自転車保険(じてんしゃほけん)の義務化

上記の神戸地裁平成25年(2013年)判決を受けて、2015年10月に兵庫県が初めて条例による自転車保険の義務化を導入し、以降、全国各地で条例による自転車保険義務化が続いています。

ポイント

  • 自転車事故の高額賠償判決がきっかけで、加害自転車の賠償資力が注目されるようになった。
  • 都道府県などの地方自治体単位で、条例による自転車保険義務化が相次いだ。

※参考:国土交通省|自転車損害賠償責任保険等への加入促進について

自転車保険の加入を義務化する自治体が増えた場合の影響とは?

コのほけん!編集部

「自転車保険」の加入が義務化されている自治体もあり、今後さらに義務化する自治体が増えた場合、自転車運転者にはどのような影響があると考えられますか?また社会全体にも影響はありますか?

吉澤卓哉教授
まずは、先程申し上げた神戸地裁判決の影響が大きいです。すなわち、自転車事故であっても、加害事故を起こせば当然賠償しなければなりませんが、賠償金は例えば10万円、100万円という単位ではなくて、数千万円の単位になる可能性もあるということの影響がやはり大きいですね。

自転車保険を義務化する条例では、今のところ罰則は設けられていないと思います。けれども、条例も法規の一種ですので、法規が制定されることによって、少なくとも行政・企業・学校などが条例に従った行動を取るようになります。すなわち、行政・企業・学校などは条例を遵守するでしょうから、例えば、職員や従業員や生徒・学生に対して、自転車保険に加入している自転車でないと通勤あるいは通学に使ってはいけないと指示・指導しますので、自転車保険の普及が図られます。あるいは、行政自身や企業自身が保有している自転車には、必ず自転車保険を付保するようになります。このように、罰則規定はなくとも、条例制定の効果は大きいと思います。

コのほけん!編集部
社会や一般消費者にとって、自転車保険が普及することのメリットは考えられますか?

吉澤卓哉教授
地方自治体における自転車保険の義務化は、それ単独で進められるわけではありません。例えば、私は先ほどお話しした京都市の審議会に所属していたわけですけれども、自転車保険の義務化だけではなくて、自転車の走行ルールの徹底を図ったり、車道に自転車の通行区分を設けたりする等、総合的な自転車交通政策の一環として自転車保険の義務化もなされることが一般的です。したがって、自転車保険義務化だけの効果ではないのですが、自転車事故が減少する、あるいは、自転車が走行しやすいような環境が作られていくといった効果があります。

また、実際に自転車保険の加入が進むことによって、誰が最もメリットを受けるかというと、被害者、あるいは将来被害者になる可能性がある人です。

裏返していうと、被害者になる可能性が少ない人にはメリットは多くありません。例えば、普段からほとんど自動車でのみ移動している人であれば、乗車している自動車に自転車がぶつかってきても、自分は怪我をしません。せいぜい自動車がちょっと傷むだけの話です。

したがって、自転車保険義務化によって誰が最もメリットを受けるのかというと、それは歩行者です。基本的には自動車に乗らないで歩行する人が、自転車事故で被害を被る可能性が相対的に高いので、自転車保険義務化で加害者の賠償資力が確保されることによって最もメリットを受けることになると思います。

ポイント

  • 義務化により、行政・企業・学校等が自転車保険の付保を推進する効果が期待できる
  • 自転車保険の普及がもたらす社会へのメリットとして、自転車保険の義務化は総合的政策の一環であるため、自転車事故が減少する、あるいは、自転車が走行しやすい環境が作られていくといった効果が期待できる
  • 自転車保険の普及で最もメリットを受けるのは、歩行する個人である

自転車保険が普及した場合の保険会社への影響とは?

コのほけん!編集部

自転車保険加入を義務化する自治体が増え、加入者がさらに増えた場合、保険会社にはどのような影響があると考えられますか?

吉澤卓哉教授
当然、自転車保険の加入者が増えれば、その分、収入保険料が増えることになりますが、 それほど保険料単価が高い保険商品ではないので、劇的な増収効果があるとは言い難いように思います。

ところで、条例ベースでの自転車保険の義務化がなされておりますので、都道府県あるいは政令指定都市単位で条例が作られてます。したがって、自治体ごとに条例の内容が違う可能性があります。また、各自治体が推奨する保険の商品や制度も異なっているはずです。

仮に、条例の内容や推奨する保険商品の内容がそれぞれ違っていているとしても、自転車であまり遠くに移動しないのであれば、すなわち、同じ都道府県の中だけに移動範囲がとどまっているのであれば、実際には支障は生じないと思います。

けれども、地域によっては、県境をまたいで自転車で通勤・通学をする、買い物に行くという方々もおそらくいらっしゃると思います。そうすると、自分が居住する都道府県の条例と買い物に行く先、通学する先の都道府県の条例が完全にマッチしているわけではない可能性があり、加入している自転車保険の内容が行き先の都道府県の規律に適合していない可能性を完全には否定できません。

こうした事態は、自転車利用者としては大変困ることになります。保険業界としては十分な補償内容の自転車保険を案内しているかとは思いますが、そもそも自転車保険の付保を強制する法規を自治体ベースで条例として制定するのではなく、今後さらに自転車保険を義務化する条例を制定する自治体が増えていけば、国の法律によって、自賠責保険のように全国一律の制度に改編することも考えた方がいいます。

もし法律ベースで自転車保険を義務づけるとすると、自賠責保険のような全社共通の商品を作るかどうかという大きな話も考えなければなりません。

ご承知の通りに、現在、自転車保険といわれているものは、基本的には個人賠償責任保険という保険で、自転車リスクだけではなく、個人の日常生活の様々なリスクを担保しています。そのため、現行の個人賠償責任保険で対応するのか、それとも自転車の賠償リスクに特化した保険商品を新たに開発するのか、ということも検討しなければならないでしょう。

後者の自転車の賠償リスクに特化した保険商品とは、日常生活リスクは担保しないで、自転車の賠償事故だけを担保する保険商品のことです。担保危険が縮小する分だけ現行の個人賠償責任保険よりも保険料が安くなるはずであり、そのことによって自転車保険の一層の普及が進むかと思います。

ところで、低所得者の方は、自動車を保有することはできません。それだけの資産がありません。そうしますと、低所得者の方にとって、自転車はやはり重要な交通手段だといえます。けれども、もし自転車事故で加害者になり、何千万円という賠償金債務を負うことになると、たちまち破産してしまうでしょう。

低所得者層の方々にとって、自転車は重要な足になっています。自転車保険条例があろうがなかろうが、やはり自転車保険に入っておくべきです。そういったことを考えると、少なくとも低所得者層に対しては、自転車保険をなるべく安い価格で提供していける社会的な仕組みを考えていくことが必要ではないかと私は思います。

コのほけん!編集部
担保すべきリスクを小さくして、保険料を引き下げるっていうのが1つの方法だと思いますが、損害保険の仕組み上、自転車保険の加入者数が増えたら保険の運営について安定的になるということはありますか?

吉澤卓哉教授
もちろん、安定的になります。安定的になると何がいいのかというと、付加保険料の中のリスクバッファーとなる部分(安全割増)が少なくて済むということです。ただ、それほど大きな影響はないかと思われます。

ポイント

  • 自転車保険の条例は自治体単位であるため内容が異なっている可能性があり、推奨する保険商品なども同様に異なっているため、県境をまたいで移動する自転車利用者が存在することを考慮すると、差違の有無および内容の調査が必要である
  • 将来的に自転車保険義務化を規定する条例を実施する自治体が相当程度に増えた場合には、条例ベースではなくて、法制度として強制自転車保険制度の創設を検討する価値がある
  • 法制度として自転車保険を義務化する際には、低所得者層が自転車保険に加入のしやすくなるよう、社会として考えていくべきである

まとめ(編集部後記)

京都産業大学の吉澤卓哉教授から、自転車保険の義務化のきっかけや全国で自転車保険の義務化が導入される背景についてお話を伺うことができました。

自転車保険は「自転車で加害者となる事故を起こした場合の賠償および自分自身の怪我等に備えるための保険」です。

高額賠償の判決が続いている点や、万が一に備えて、ご自身の居住地域が自転車保険の義務化導入地域でなくても、日常的に自転車を利用されているのであれば、自転車保険への申し込みを検討するのもいいかもしれません。

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