弁護士費用保険の普及促進と社会的意義について
今の専攻を志されたきっかけは何ですか?
学部1年生前期科目「基礎演習」の担当の先生が商法を専門とする先生で、そのご縁で、その先生が担当された3年生・4年生で会社法の専門演習を履修したのが、研究者になることの切っ掛けとなりました。
大学院は別の大学に進学し、会社法の研究を進めながら、法学研究科の科目以外に、商学研究科の「海上保険論」、「保険論」の科目を履修し、その科目を担当された先生方から研究会をご紹介頂き、研究会への参加によって保険法の研究を深く進めることになりました。
先生にとって、保険を一言で表現すると、どのようなものでしょうか?
お守りでしょうか。万が一に備える意味です。
弁護士費用保険は「弁護士に依頼するための費用」に備える
コのほけん!編集部
山下典孝教授
何らかのトラブルにあい、弁護士に法律相談や訴訟を依頼する際に、あらかじめ弁護士費用保険に入っていれば、安い保険料で、法律相談費用や訴訟を依頼した際の弁護士報酬の全部又は一部を、保険金で填補できる点が弁護士費用保険に加入するメリットだと考えています。
また日弁連と協定を結んでいる保険会社、共済組合、少額短期保険事業者の弁護士費用保険に加入している場合、実際に弁護士に法律相談や訴訟を依頼することを考えているが、知り合いに弁護士がいなく、どの弁護士に依頼するか迷われたときでも、自分が居住している地域の弁護士会を通じて、弁護士を紹介する制度も利用できるメリットがあります。
日弁連では一定の研修を行った弁護士について、弁護士費用保険に係る名簿登録制度を設けて弁護士の質の確保、また紹介した弁護士との相性が悪いなどのことがあれば、
日弁連と協定している保険会社等の弁護士費用保険の利用に関連するトラブルが生じた場合には、日弁連弁護士費用保険ADRという機関で、訴訟によらない方法で迅速に解決できる制度も設けています。
弁護士費用保険が開発された背景は、国民への司法アクセスの改善にあります。弁護士費用や法律相談費用を賄うことができないため、いわゆる泣き寝入りという目にあっている方々が世の中にいらっしゃるようです。
そういう方々の司法アクセスへの拡充を念頭に、日弁連で弁護士費用保険を開発するに至ったという経緯があるようです。
海外ではすでに訴訟費用保険で法律相談費用や弁護士費用を賄うという商品がありまして、主な国としてはドイツです。
ドイツでは権利保護保険と言うのですが、ドイツの権利保護保険制度などの世界各国の制度を調査研究し、
コのほけん!編集部
素朴な疑問なのですが日本の弁護士費用保険はドイツのものをモデルにしているというお話ですが、フランスなどではどんな感じなんですか。ヨーロッパの他の国々ではどうなんでしょうか?
山下典孝教授
ヨーロッパの国でも、フランスでもありますし、EU加盟国では例えばベルギー、オランダ、スペイン、イタリア、スウェーデン等、加盟国以外にイギリス、スイス、などのヨーロッパ諸国やカナダにもあります。法律相談費用とか、 弁護士費用を保険で填補するという保険が海外でも普及しています。
スウェーデンでは国家予算の法律扶助制度費用の削減のために、国策として訴訟費用保険の普及を促しているところもあります。ベルギーでは訴訟費用保険を普及させる目的で、当該保険の保険料控除制度を設けています。
ただ、ドイツがなぜ代表かというと、ドイツの場合は、民事事件でも弁護士をつけなければいけないのが原則になっていることと、標準となる弁護士報酬が法律で定められているので、それで、対象分野の広い弁護士費用を調達するというニーズと保険料率を決めることが他の国に比べて安易な点があるため、ドイツではかなり普及しています。
日本もそうですが、多くの国では弁護士報酬は自由化されているため、幾らの保険料で弁護士費用保険を保険会社が引き受けるのかが難しい面もあり、従前、対象分野を広げた弁護士費用保険の開発が進まなかったところがあります。
ポイント
- 弁護士費用保険は「弁護士へ依頼費用に備える」ためのもの
- 経済的事情を抱える人たちの司法アクセスの機会を確保することがもともとの目的にある
- ドイツの権利保護保険をモデルとしている
弁護士費用保険は交通事故などで被害者になった場合の利用が多い
コのほけん!編集部
山下典孝教授
我が国では任意自動車保険の特約である弁護士費用特約がかなりの割合で普及しています。正確な数字は分かりませんが任意自動車保険に加入されている方の約7割から8割ぐらいは、弁護士費用特約に加入されているかと思います。
弁護士費用特約が使われる場面は、交通事故の被害者に自分や家族がなった時です。
加害者になった時は、 任意自動車保険の対人・対物責任保険で訴訟費用について保険金で填補するのですが、 自分又は家族が被害者になる時に、損害賠償請求訴訟を提起する際に、弁護士費用特約を使って、弁護士に法律相談をしたり、弁護士に交通事故損害賠償請求訴訟を依頼するという場合に多く利用されているのが現状であります。
ポイント
- 自動車保険加入者の7−8割が弁護士費用特約をつけている
- 弁護士費用特約は交通事故で被害者となった場面で使われることが多い
弁護士費用保険の利用状況と実態
コのほけん!編集部
山下典孝教授
現状は任意自動車保険の弁護士費用特約というものがかなり普及していますので、交通事故紛争については、弁護士費用特約が利用されているのは顕著です。
交通事故紛争自体は減少しているのですが、他方、交通事故に関する紛争は、弁護士費用特約があることが、1つの原因として考えられるのですが、どちらかというと減っていなくて増えています。
他方、弁護士費用特約というのは、交通事故の場合は多く利用されていますが、交通事故紛争以外の他の分野を対象とする弁護士費用保険はそれほど普及していないのが現状です。
少額短期保険事業者、大手の損保会社1社と中堅の損保会社1社が、交通事故紛争以外の、借地・借家、遺産分割調停、労働紛争、遺言、相続、近隣トラブル、人格権侵害というような広い分野の紛争に対応できる弁護士費用保険を販売しているのですが、現時点ではそれほど普及していないです。
個人向けではありませんが、業務妨害対応弁護士費用保険というものも開発・販売されています。
医師会、歯科医師会、獣医師会、コンビニ・フランチャイズ、学校法人等の団体保険という形で、販売されている弁護士費用保険もあります。いわゆる顧客等からの言われのない繰り返しの苦情対応を弁護士に依頼する際に係る費用を保険金でてん補する内容の弁護士費用保険というものです。単なる苦情段階では賠償責任保険での争訟費用には該当しないため、保険対応できませんが、別途、業務妨害対応弁護士費用保険に加入しておれば、保険対応が可能になるわけです。それ以外に中小企業向けの弁護士費用保険の開発・販売もなされています。
交通事故以外ではあまり普及していないこともあり、実際に弁護士費用保険を利用して法律相談や弁護士費用を利用したという件数も少ないのが現状かと思います。
コのほけん!編集部
弁護士費用保険としての現状として、今はまだ普及が進んでいないというお話がございましたが、弁護士費用保険が普及していくためには、どのような取り組みが必要かとお考えですか。
山下典孝教授
1つは、やはり多くの人に弁護士費用保険があるということを周知する必要性があります。
2019年に法律改正を行い訴訟費用保険の保険料控除や対象となる保険分野の拡充を先進的に進めた当時のベルギーの法務大臣からビデオメッセージを頂いた(2022年9月3日開催の日弁連業務改革シンポジウムにて公開)のですが、ベルギーでも、国民に訴訟費用保険の重要性を周知することは、なかなか困難な問題があるとお話されています。医療保険と同様に現代社会において訴訟費用保険は社会的に重要な役割を担っている点も指摘されています。
わが国では、任意自動車保険での弁護士費用特約のテレビコマーシャルを見た方はいると思いますが、それ以外の、対象分野が拡大された弁護士費用保険のテレビコマーシャルはやっていないと思います。カナダのケベック州弁護士会では、一時期、弁護士会が訴訟費用保険のCMを流したことがあります。
例えば、最近、弁護士の方が主人公であるドラマが放映されていますが、そういう時に、弁護士費用保険を使って依頼を受けたというような形で、「あ、こういう保険があるんだ」ということを多くの方に知ってもらうといった機会がなかなかないため、皆さん知らないケースが多いのかなと考えています。
そのため、いろんな機会を使って弁護士費用保険があるということを普及していけば、任意自動車保険の弁護士費用特約のように、かなり普及するのではないかと期待しているところです。
交通事故関係の弁護士費用特約についても、確か、10年前はそれほどあまり普及していませんでした。
当時は、弁護士保険という名称を使用している時期があり、弁護士の先生でも、これは弁護士賠償責任保険か?という形で、知らない先生も多かったです。
ここ10年を過ぎたあたりぐらいから、急激に認知されるような形になってきたと思います。周知して認知されるにはそれなりに時間がかかると考えています。
ポイント
- 交通事故訴訟の件数自体は減っているが、自動車保険の弁護士費用特約の利用率は増えている
- 交通事故訴訟以外の分野については普及は進んでいない
- 認知されるように周知する取り組みが必要だが、それなりに時間がかかると思われる
弁護士費用保険に加入するためには?
コのほけん!編集部
山下典孝教授
例えば、30・40代の方であれば、対象分野を拡大している弁護士費用保険は、団体保険で引き受けをするケースが多くなっています。
個人で加入できるのは、少額短期保険事業者が引き受けている弁護士費用保険だけです。この場合は個人で加入できますし、弁護士費用保険のみの単品の商品です。それが基本契約となっています。
それ以外の大手の損保会社や中堅の損保会社で、引き受けをされている弁護士費用保険は、団体傷害保険等の特約という形で加入するという仕組みを取っているのが一般的です。
特定の生活協同組合の会員、特定のクレジット・カード会員、特定の会社・学校法人等の団体の構成員を対象として販売する方法がとられています。
私も実は中堅のところの弁護士費用保険に入っています。
弁護士費用保険に加入するために、まず生協さんの組合員になって、 生協さんが団体引受けをしている団体傷害保険に入り、それに特約という形で弁護士費用保険に入るというちょっと手間をかけて保険に入っています。
大手の損保会社さんの場合も中堅の損保会社さんの場合も、先程申し上げました通り、販売先となる特定の団体の構成員向けに任意加入で、傷害団体障害保険の特約という形で加入する方法になっているため、特定の団体とは関係なく個人で入る機会はなかなかないと思います。
例えば30代、40代の方であれば、生協などのその種の保険に入っている団体に加入して、
30代、40代の方であれば、最近PTA関係トラブルに対応するような弁護士費用保険が販売されていますので、例えば、小学校や中学校でPTAの役員をする方は、そういう保険があるということは、知っておいた方がいいのかなと思います。
また最近では、弁護士費用特約の対象を拡大して、いじめ・嫌がらせ等の被害に対応する弁護士費用保険も出てきています。あるいは、これも少額短期保険事業者の話になるのですが、ケーブルテレビを運営されているグループ会社の少額短期保険事業者では、ネットトラブル関係の弁護士費用保険が最近売り出されています。
どのような形でSNSで被害に合うかわかりません。ネットトラブル等、何かの分野に特化した弁護士費用保険を検討されるのも1つだと考えています。既存の損害保険会社においても、交通事故や日常家事紛争以外に、いじめ・嫌がらせ等の被害に対象分野を徐々に広げているところもあります。ですので、現在、ご自分が加入されている自動車保険、住宅総合保険の特約となっている弁護士費用特約の対象分野がどこまでなのかも確認されておかれた方が良いかと思います。
コのほけん!編集部
ありがとうございました。PTAの弁護士費用保
ポイント
- 独立した商品で個人が加入できる弁護士費用保険は少額短期保険会社の一社のみ
- 大手および中堅の損保会社は団体傷害保険等の特約として加入する形
- 生協などの団体に加入し、
その団体が提供する団体傷害保険に申し込み、特約としてつける等の手間がかかる - クレジット・カードの任意加入の特約保険
- それ以外にはPTAのトラブルに限定したもの、インターネットトラブルに限定したものなどがある
法テラス制度と弁護士費用保険の関係について
コのほけん!編集部
山下典孝教授
法テラス制度の利用には所得制限があります。自分自身で、弁護士費用を調達することがなかなか難しいという方の中で、さらに所得の低い方について、法テラスという制度を使って一時的に弁護士費用等をお貸しするという制度、原則、償還制度となります。生活保護を受ける等、一定の例外に該当する場合は、償還の免除が認められますが、原則は、何年もかけて償還して返済する義務を負うことになります。
だから、 何年間かかけて分割して、かかった費用を返済するというのが日本の制度です。海外では「貸与」制度ではなく「給付」制度をとっています。先進諸国の中で、法律扶助制度を貸与制度としている国は少ないと思います。多くは給付制度です。一部の例外が認められているとはいえ、日常的に生活に困窮している方に毎月、費用償還させる制度があるべき姿とは思えません。
海外ではいわゆる所得の低い方について、法律扶助制度によって、弁護士費用等を給付する方法で、司法アクセスを保障しているわけです。法律扶助制度を使えない中間所得者層の司法アクセスを保障する意味で、弁護士費用保険を普及させようというのが海外の状況です。
先ほど申しましたように、日本では交通事故関係はかなり普及していますが、それ以外の分野については、まだ保険自体がそれほど普及していません。
中間所得者層への司法アクセスの改善をということで、日弁連では、日弁連と協定を結んでいる保険会社と協議をしながら、対象分野拡大版の弁護士費用保険の開発・普及を進めています。
基本的に、弁護士費用保険は中間所得者層を対象とし、それよりも所得が低い方は法テラス制度を利用頂くということを考えているわけです。
ただ、日本の法テラス制度というのは先程申しましたように償還制度という「貸与」です。一旦借りたお金を何十年かけて分割して返済するという制度であるため、この弁護士費用保険を普及させることで法テラス制度を「貸与」制度から、「給付」制度に変更できないかと考えています。
コのほけん!編集部
日弁連や山下先生が取り組まれている弁護士費用保険の普及をすることで、中間所得層の司法へのアクセスをよくし、経済的な困難を抱えている方々のアクセスもよくする、全体的な底上げをされようとしているという認識でよろしいでしょうか。
山下典孝教授
そうです。弁護士費用保険が普及することによって、多くの方がその保険に加入しているのであれば、従来は法テラス制度を利用しなくてもいいような人も、法テラス制度を利用している可能性があるわけですね。
もし安い保険料で弁護士費用保険に加入できるのであれば、そちらを利用していただいて、そしていよいよ、弁護士費用保険に加入する余裕がない、経済的困難を抱えている方については、法テラス制度で救済を行い、その場合には償還制度ではなく、給付制度で対応できるようにした方が、より好ましい社会になるであろうと考えています。
ポイント
- 法テラス制度は所得制限があり、法テラス制度は「弁護士費用」を貸与し、数年かけて分割し返済していく制度
- 弁護士費用保険の普及促進が法テラス制度を「貸与」から「給付」型へ制度変更していく鍵となり、国民全体の司法アクセスの機会を確保することが可能になる
まとめ
私たちにはあまり耳馴染みのない「弁護士費用保険」。
「弁護士費用保険」とは、「弁護士への法律相談や訴訟等の弁護士費用に備えるための保険」です。
山下教授にお話を伺ったことで、自動車保険の「弁護士費用特約」として普及が進んでいる一方で、交通事故訴訟以外の場面では活用されにくい状況がわかりました。
弁護士費用保険で単独で契約できる保険の商品は少ないものの、少額短期保険や生協等の団体傷害保険の特約として提供されているものに加入することで弁護士費用に備えることが可能です。
それ以外にも、補償の範囲を限定的にした「インターネットトラブル」や「いじめ等学校の関連のトラブル」「PTA関連のトラブル」に対応するといった弁護士費用保険もあるので、必要に応じて、適切な商品を選んで活用したいですね。