【対談】「超高齢化社会をどう生き抜くか」東京女子大学 特任教授 長谷川克之氏×宮脇信介 vol.2
高齢社会が日本の家計に与える影響とは?
宮脇
日本は「高齢化社会」と言われてきましたが、最近ではさらに高齢者が増えた「高齢社会」や「超高齢社会」という言葉が使われる様になってきました(注)。具体的に今の日本がどのような状況にあるのか、また、高齢化が進行することが家計にどのような影響を与えるのか、言い換えれば、家計にはどのようなリスクが増大しており、それに備えることが必要なのか、という観点からのお話をお願いします。
参考
高齢化の進行具合を示す言葉として、高齢化社会、高齢社会、超高齢社会という言葉を用いる場合があります。 65歳以上の人口が、全人口に対して7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」と呼んでいます。さらに、21%を超えた場合には「超高齢社会」という言葉を使う場合があります。
長谷川克之教授
日本は世界で最も高齢化が進んだ国です。
65歳以上の高齢者は総人口比率にすると29パーセントですので、10人に3人が高齢者になります。人口の中央の年齢は48歳であり、ほぼ50歳です。
高齢社会は暗いイメージで語られることが多いですが、長生きするということは本来、素晴らしいことです。世界で1番の高齢社会ということは、日本は、世界で1番人生を謳歌することができる、そういう素晴らしい社会とも言えます。
ただ、その素晴らしい社会を生き抜くためには、2つのことが必要で、1つは高齢になっても健康であること、もう1つは生活を維持・守る資産と保障があるということです。
一言で寿命といっても、3つの寿命があります。
1つ目が生命寿命で、2つ目が健康寿命、そして3つ目が資産寿命であり、この3つの寿命がバランスを取りながら、伸びていくということが大事なわけです。
資産寿命が健康寿命や生命寿命に追いつかず、 その資産が枯渇してしまうことになってしまえば、素晴らしい高齢社会の恩恵を受けることができません。
高齢化しているのは実は人だけでなく、資産も高齢化しているのです。
日本では高齢世帯に資産が集中しているという傾向があります。
家計の資産の概ね3分の2は60歳以上の高齢世帯が保有しています。
従って、高齢化している人と一緒に資産も高齢化しているとも言え、中で、高齢者の資産運用のあり方と資産のあり方が問われてきます。
2020年の65歳以上の高齢者の認知症患者数は約602万人、その割合は、6人に1人程度が認知症患者(※1)だと言われています。2035年には、有価証券の15パーセントが認知症の高齢者が保有する試算(※2)もあります。
※1 出典:日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究
※2 出典:みずほ総合研究所 2018.1.31.【緊急リポート】高齢社会と金融〜高齢社会と多様化するニーズに金融機関はどう対応するか〜
※参考:超高齢社会と金融の課題 ~超高齢社会のなか金融包摂をどう行うか
そうなった場合、日本の金融市場のあり方そのものにも影響を及ぼしかねない問題だと考えています。
宮脇
「3つの寿命」と呼ぶ言葉は初めて聞きましたが、非常に大切なことだと思います。
生命寿命が資産寿命を上回ってしまうということは、つまり、経済的破綻リスクだと思うのですが、例えば、認知症の方が多くの資産を保有するという状況は、やはりすごく心配ですし、ひとつの社会問題だと言えます。
老後資金2000万円問題をどう考える?
宮脇
経済的破綻リスクという視点でいくと、老後に2,000万円が必要だという議論が世間を騒がせましたが、この点については、長谷川先生はどのようにお考えでしょうか。
長谷川克之教授
老後資金2,000万円問題は2009年に金融庁の報告書で試算された内容が物議を醸した問題です。
計算としては、「高齢無職の夫婦世帯で収入から支出を差し引いた収支が月に5万円の赤字だった場合に、30年間で合計2000万円弱の資金が必要」というものであり、これが「2000万円弱の資産がないと生活できない」ととらえられ、数字が一人歩きして、社会問題にもなりました。
かなり大雑把な、粗々な試算ではありましたが、高齢者の資産形成のあり方、資産の管理のあり方を指摘した金融庁の報告書そのものは重要な問題提起だったと言えます。
老後も現役世代に準じる生活水準を維持するためには、それ相応の老後資産が必要だというは紛れもない事実です。
公的年金だけでは必ずしも十分ではなく、一定の私的年金や貯蓄が必要になってくるということです。
サラリーマンの場合には退職金である程度の老後資金がまかなえたという時代がありました。
長谷川克之教授
厚生労働省の調査によると、大卒で35年間勤職した方の退職金の平均は2021年に1903万円となっています。
10年前が約2600万円、25年前が約3000万円であり、年を追うごとに低下してきています。経済や企業を取り巻く環境が変わる中で退職金制度のあり方そのものが変わっています。
老後資金として退職金をあてにできない時代になっているのです。
こうした中で、貯蓄ゼロの世帯が結構多いことは注目に値します。
実は万が一の時に備えた貯蓄が実質的に全くないという世帯が5世帯に1世帯もあるのです。
長谷川克之教授
金融広報中央委員会の2021年の調査によれば、将来の備えとしての金融資産を保有しない貯蓄ゼロ世帯の比率は22%であり、全体の77%が老後の生活を心配している結果になっています。
年代別にみると、20代で37%と若い世代の貯蓄がゼロというのは不思議ではないのですが、60代でも19%、70代で18%となっており、合があり、先ほどお話しした通り、全体としては高齢者に資産が集中している格好にも係わらず、高齢者の中でも世帯間のばらつきがかなり大きいというのが実態だと思います。
宮脇
マクロ経済学は様々な世帯によって構成される「家計」を1つの塊としてしか見ていないので、世帯間格差といった世帯の多様性をうまくとり扱いきれていないという問題があるのではないかと私は思っています。
確かに平均的な世界というのを想定することはできますが、例えば平均で3.6人の世帯というものは存在しないわけです。
全体の数字ももちろん大事です。マクロ経済も大事ですけども、世帯間のばらつきを考慮した上で、それをどう考えていくのか、それをどう調整していくのかというのは、政治的、あるいは行政的にもとても重要な問題だと思います。
長谷川教授がおっしゃったように、家計の所得が厳しくなっていく中で、高齢者の中に貯蓄ゼロの世帯があるというのは事実ですが、特に、若い世代の方はそもそもそういう資産形成が難しくなってきている状況で、退職金が減っているという話は衝撃的です。
25年前は3000万円、現在は1900万円ということですが、これは名目値ですよね?
インフレで退職金の実質的な価値は名目値以上に低下してきているということを考えると、若い世代の人たちがなかなか明るい未来を描きづらい、そして、そのような環境でうまく生活していかなきゃいけない、そういうような時代になってきているということですね。
家計の資産運用や保険はどう考える?
宮脇
高齢化が進む中で、家計の資産運用や保険とはどのように考えていくべきなのでしょうか。
長谷川克之教授
日本の家計の金融資産は約2000兆円に、不動産も含めると家計の保有資産は3000兆円にも及びます。
「貯蓄から投資へ」というスローガンが掲げられて久しいですが、いまだに2000兆円の金融資産の過半は預貯金です。
預貯金に眠っている資金をリスク性資産、すなわち、株式や投資信託などの運用資産に移していくことが日本経済の活性化のためには重要であり、岸田政権でも資産所得を倍増させる計画を掲げています。
株式市場から見れば、「日本企業を後押ししてくれるリスクマネーがないから、市場が活性化しない」と映りますし、 投資家からすれば「いやいや、日本には成長企業がないからお金が向かわない」と鶏と卵のような議論になりがちです。
これまで日本経済が長期渡り停滞していた時には、株式市場にお金を振り向けたとしても、運用のパフォーマンスは上がらず、投資をしないことがある意味で合理的な判断と考えることもできました。
先ほど申し上げた通り、日本の家計は不動産という大きなリスク資産を抱えていますので、不動産の価格が下がっている中ではリスクを取りづらいということになりますが、やはり時代の節目は超えています。不動産価格は安定化しており、。物価も上がりつつあります。
これから高インフレの時代になるということでは必ずしもありませんが、少なくともデフレの時代は過ぎています。家計にとっては投資リスクを取るべき局面に来ていると思っています。リスクは、投資の期間が長ければ長いほどそのリスクを軽減させられます。
ですから、高齢者よりも若い方が、本当は積極的にリスクをとって資産運用をするべきです。
今の若い方は時間を味方につけて、自分ではなくてお金に稼いでもらうつもりで長期的な資産運用を始めていくには今いいタイミングではないでしょうか。
保険については、保険を活用した資産の形成と保障の確保は重要です。実は日本は世界に冠たる保険大国であり、日本の保険市場は非常に規模が大きいという特徴があります。生命保険の保険料収入ではアメリカ・中国に次いで世界第3位ですし、保険密度(1人あたりの保険料収入)や保険浸透度(GDPに対する保険料収入比率)ではアメリカよりも上回っています。
宮脇
不動産投資が多いということで、持ち家を持つということが人生上の責任かのように言われていることがあって、逆にそういったところにお金が向かっている。
投資だけを教えたりとか投資だけを語らせたりとか。そもそも、そのそこにお金を向けるかどうかというのは、また別の議論になるのかなという気もしますが。
長谷川克之教授
人生の3大支出と言いますよね。3大資金とは「住宅資金」「教育資金」「老後資金」の3つです。
老後資金は人生の終盤の資金であり、現役時にかかるのが教育資金、住宅資金です。住宅資金はおっしゃった通り、不動産価格が全般に底打ちしている中で、首都圏のマンションの平均価格は6000〜7000万円ぐらいです。バブル期のピークを超えていて、持ち家の負担が高まっています。
若い世代ではもっと合理的な判断をして、持ち家を敢えて持つ意味はないと、我々の世代とは違う価値観を持つ人も増えていると思います。多様な価値観に基づき、自分なりの投資のあり方が求められてくると思います。
宮脇
家計調査を最近見ているのですが、今の世帯がなぜ苦しいのか、弊社も若い世代を助けたいと考え、家計における支出行動の最適化を目指しています。
色々と調べてみると、これまで起きていることとして、若い世代が新しい世帯、家族を形成する際に、都市部に流入しています。また、もともと都市部にいた若者も、世帯を持つと新たな生活拠点を都市部にかまえ生活を始めます。
若い世代が世帯を持つと家を借りたり建てたりすることで、住宅費用の負担が大きいところにくわえ、近年ではさらに通信料が高いスマホをもつなどで生活コストがかかり、車も買えなくなるという循環となっています。都市部で世帯を持つということ自体非常にコストが高いために、表現が難しいですが、都市部で世帯を持つ若い世代が自由に使えるお金が少ないという意味で貧困化してるという現実があります。
都市部で生活する若い世代の世帯のコストを下げてあげないと、若い世代の苦しい生活が続く。その日の生活で精一杯になってしまうものすごく大変な時代だと思います。
その結果として、共働きが一般化しています。一昔前には専業主婦という概念が一般的な時代もありましたが、今の若い世代にはそれが通用しなくなっている現実があります。
長谷川克之教授
おっしゃる通りだと思います。その中で1つ、気にしているのはコロナのあと、どういう社会に向かっているのかということです。
例えば、アメリカでは、都市部の不動産の価値が下がっていて、郊外の方が不動産価値が上がっています。
日本でもリモートワークが極めて一般的になっていくと思いますので、出勤必須の会社には就職したくないというような流れにもなってくると思います。
その人口集中、例えば東京集中、大都市集中というようなことが少しでも緩和して、より環境のいい地方で、職につき、衣食住、生活をできるような、そういうような社会に向かっていけば、その生活コストという観点からも若い世代の人には助けになるような気もします。
今の日本の家計がおかれた構造的な問題とは?
宮脇
日本の暮らし方の変化という話が出てきました。日本の家計が置かれた構造的な問題について、ご意見を聞かせていただければと思います。
長谷川克之教授
今年の5月にテスラのイーロン・マスクさんがtwitterで、 日本の人口の減少が続けば、日本は消滅するという衝撃的な書き込みをしました。
At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.
— Elon Musk (@elonmusk) May 7, 2022
長谷川克之教授
日本が本当に消滅するかどうかはさておき、機械的に計算すれば、日本の人口は西暦3300 年ごろにゼロになって消滅するということもあり得ます。
これは極端な議論ですが、少なくともほぼ確実に言えることは、向こう数十年間、日本の人口は世界で最も激しく減少します。
言い換えると、人口の減少率、もしくは人口の減少幅を見ると、日本は世界で最も大きくなります。経済的には労働力人口が減少すれば成長に下押し圧力が加わり、自然体でいくと、2030年代には日本経済はマイナス成長が常態化する恐れがあります。
そうならないために、移民政策や、テクノロジーを活用して、さらに生産性を上げていくことが必要であり、フィンテック、すなわちテクノロジーを活用した金融も大事になってきます。
大学で学生と話をしていると、やはり皆さん、将来に対する不安、そういうものを強く感じているようです。アンケート調査などでも若者の将来に対する不安の強さが結果に出ています。将来への不安が消費の萎縮につながっている側面もあります。不安を和らげ、若い人が家庭をもち、家族をもちやすいような環境にすべきです。
今、サステナビリティが注目されています。気候変動問題への対応が急務であることは言うまでもありませんが、経済・財政・金融のサステナビリティ、社会のサステナビリティも重要です。
そもそも日本が持続可能な、そういうような社会にしていかないと、おそらくマスクさんのいうような世界になってしまうと思いますので、そのための知恵というものが今問われていると痛感しています。
宮脇
日本の人口動態が急速に構造変化すると、いろいろな社会制度に歪みが生じる。健康保険や年金などあらゆる制度がきしむので、家計は自己防衛にならざるを得ないですね。
長谷川克之教授
今のその社会保障の制度は、50年以上前に作られたもので制度疲労していることは明らかです。
社会保障制度の改革は、政治としてもなかなか手をつけられません。
制度改革のメリットを受ける世代とデメリットを受ける世代があり、世代格差が起こりえます。
今の日本の政治を支えている高齢者は、今の制度によってメリットを享受してきた世代なので、そこをガラガラポンとすることは、政治的には相当抵抗があるでしょう。
けれども、いつかはやらなければいけない問題ですので、それを進める、その勇気を持てるかどうかということだと思います。
宮脇
若者世代が不安を強めていると、その段階で今の行動が萎縮してしまったりとか、 十分に対応ができなかったりすることは、また日本のその成長を弱めてしまう。そもそも発言をやめてしまうリスクもありますね。
長谷川克之教授
若い人がその情報を発信していく、強く発信するということと若者の発信をそのままサポートするようなことが重要です。
そして政治家がそういった声に耳を傾けるということが大事です。
それをやらない限り、サステナブルではない、イーロン・マスクが指摘したような世界になりかねません。
宮脇
Sasuke Fiancial Lab 株式会社が保険代理店事業に注力している理由として、保険は所得が低い人ほど必要だという本質的な意義があるからです。お金がある方は経済的バッファーがあるのでリスクに対して強いので保険の必要性は低いです。むしろ、所得が少ない、経済的に余裕がない世帯、世代にこそ、保険は必要であると考えています。
Sasuke Fiancial Lab 株式会社では、そういう方々に、苦しんでいる若者たちに、適切な形で、保険に入ってほしいと考えています。
先ほどからお話しにもありますように、国からの公的支援もなかなか厳しくなってきている、せっかく働いても退職金が十分ではないということが明らかに見えている中で、 保険をうまく使って、将来の不安を少しでも和らげて、今の生活の安心度や充実感を高めてもらうというのは、本当に我々の願いです。
長谷川克之教授
すごく大事なことだと思います。
私たちの世代では就職と同時に保険に入るのが当たり前という風潮がありましたが、今の若い世代、私の娘もそうですけれども、保険に入ってない人も多いように思います。
保険の重要性を積極的に発信していくということは、意味があると思いますね。
宮脇
日本は最も保険深度が高いというお話を長谷川先生におうかがいしました。日本の統計を見てみると、お金のある世帯が保険に多く入っているという傾向があります。
経済的に生活環境がより厳しくなる中で、保険の基本に立ち返って、ぜひ若い世代にはうまく活用してほしいと願っています。
長谷川克之教授
おっしゃる通り、日本は保険の市場ということでは、かなり成熟した市場ということかもしれません。けれども、保険に入ってない若い世代にとってみれば、それはまだまだニーズがあるということだと思いますので、そういう意味ではすごく大きなことだと思いますね。