コロナ禍の生命保険ビジネス|コロナが変えた世界
ポイント
- 2020年度の生保業界の決算については、見るポイントによって評価が分かれる。全体の仕上がりは良好だが、低金利・株高の市場環境の追い風を受けた資産運用収益に助けられた色合いが強い。一方、本業である新規の生命保険契約については大きく落ち込んでおり、短期的要因としては、コロナ禍によって対面での営業が出来なかった影響を大きく受けたと考えられる。
- 新規の契約の落ち込みが経営に与える影響は短期的には限定的だが、長期的にはじわじわと効いてくるとともに、その影響は甚大なものとなるリスクがある。
- コロナ禍が終息した局面でも、生命保険契約者の行動様式は完全には元には戻らないことが予想され、営業部隊を内部に大きく抱える多くの生保各社は難しい経営判断に迫られていると言えよう。
見方が分かれた2020年度の生保決算
2020年度の生保決算については、報道の字面だけを見ると解りづらい内容となっている。
報道記事の評価もやや分かれる形となった。
これは、決算全体の仕上がりは良好であったが、生命保険会社の本業である保険販売については新規契約の獲得が低調であったためで、2020年度を通じて保険営業はコロナ禍の影響を強く受けたと考えられている。
ダイヤモンド社DIAMOND onlineは6月21日付記事の中で
「生命保険業界は保険料等収入の急激な落ち込みはみられず、想像以上にコロナ耐性が強かった」
と評価したが、日本経済新聞は5月26日に、大手4社の決算内容を総括して
「大手生保、遅れるデジタル移行 新契約2年で4割減」
と題した記事を掲載した。
コロナ禍の影響を強く受けた2020年度の業績は、今後の生命保険会社の経営にどの様な影響を与えるものであったと解釈すれば良いのであろうか。
既に生命保険業界全体の統計も出ているので、これを用いて業界全体を俯瞰する形で、ここ3年度の事実関係を整理しておきたい。
冒頭にも書いた様に、2020年度の生保業界全体の利益は経常利益ベースで3.2兆円程度となり、前年度(2019年度)比44.8%増、好調であった前々年度(2018年度)との比較でも+5.9%となった。
※出典:一般社団法人生命保険協会
この様に、経常利益でみると問題が無いようにみえる生命保険業界であるが、経常利益の基となっている収益の源泉(経常収益)の内訳を見ると、やや事情は異なってくる。
※出典:一般社団法人生命保険協会
好調であった決算を支えていたのは、低金利・株高を背景とした資産運用収益であり、保険料等収入の落ち込みを補っている様子がうかがえる。金額ベース以上に経常収益に占める比率で見た方が、直感的にわかりやすいかもしれない。
※出典:一般社団法人生命保険協会
資産運用がもたらす収益の重要性を否定するものではないが、コロナ禍から海外経済が立ち直り歩調を見せていることもあり、世界的な低金利政策など株高を支えて来た「最適環境」が何時までも安定的に続くことは期待出来ない。
この様な状況下、「本業」である保険料を中心する収入が収益全体の2/3を割り込んで来ている状況を「好決算」として手放しで喜んでいる経営者は少数にとどまるであろう。
個人保険は伸び悩み
確かに、主力商品である個人保険には伸び悩む傾向がうかがえる。
※出典:一般社団法人生命保険協会、新契約ベース
上のグラフは個人保険の新規(新契約)の獲得件数の業界ベースのデータである。
ここに焦点をあてて、危機感をもって伝えたのが冒頭に紹介した日本経済新聞の記事である。
確かに、コロナ禍で対面営業が難しくなる中、これが保険販売に与えた影響は大きかったことは想像に難くない。
生保各社は2020年度の初めからコロナ禍の影響を強く認識しており、緊張感を強めていたはずだ。読売新聞オンラインで掲載されていた記事(2020年8月8日付記事)は、その様子を伝えている。
生保大手3社、新規契約最大7割減…対面営業ほぼ出来ず
2020/08/08 19:37 新型コロナ日本生命保険など生保大手3社の2020年4~6月期の個人向け保険の新規契約件数は、前年同期に比べて4~7割の大幅な減少となった。新型コロナウイルスの感染拡大で、対面での営業活動を行いにくかったことが響いた。
各社の新規契約件数(各社で集計基準は異なる)は、日本生命が71%減の約39万件、明治安田生命保険が42%減の約15万件、住友生命保険が38%減の約13万件だった。
例年、4~6月期は就職などの新生活のスタートをきっかけに保険に加入する人も多い。しかし、今年は「新規顧客の獲得のための営業活動がほとんどできなかった」(大手生保)という。各社は、スマートフォンなどを使った非対面での営業体制の強化を進めている。
しかしながら、その一方で、「尻に火が付いた」と強い危機感を持ち、現時点において、生命保険会社が経営の舵を大きく切ることが出来るかというと、それは必ずしも容易なことではなさそうだ。
少なくとも二つの理由がある。
生命保険会社の経営転換を困難にしている理由
一つは、生命保険ビジネスには「ストック・ビジネス」としての色合いが強いことである。
ストック・ビジネスとは
例えば、自動車保険であれば1年間でどんどん更新されていく。乗り換えが起きる可能性もある。
しかしながら、生命保険契約は一般的に長期間にわたる契約である。
ストックとして積み上げられた保険契約が定期的な保険料収入を生み出している。
業界全体で見てみると、年間の新規の契約数は生命保険会社が積上げてきた保険契約の残高に比べると直近では数パーセントのオーダーであり、業界として見た場合には経営指標に与える短期的なインパクトはある程度限定的と言えよう。
※出典:一般社団法人生命保険協会
次に、生命保険という業態の組織的特徴である。
生命保険会社は生命保険という金融商品を製造する「メーカー」と捉えられがちだが、人的構成からみた組織としては、一般的には「販売会社」の色合いが強い点に特徴がある。
つまり、これまで対面営業を前提に自社商品のみを専業で取り扱う営業部隊を内部に有しており、それが強みにもなっていた。そして、近年も増加傾向にある営業職員の組織内の人的比率は圧倒的である。
〔大手生保の人員構成例〕
※出典:2018年度日本生命ディスクロジャー資料から弊社作成
このような組織構成は、自ずと自社の営業部隊を尊重する「企業文化」を醸成する。
既に見たように、短期的な経営へのインパクトが限られる中で、「対面営業が苦しいから直ちに別の販売チャネルに切り替える」といったドラスティックな経営判断は、多くの典型的な生命保険会社にとって現実的なものではないであろう。
難しい判断を迫られる生保経営
とはいえ、本シリーズ第一回「コロナが変えた「若い世代」の消費行動」で議論した様に、コロナ禍の影響は「過ぎて行けば、また、全てが元に戻る」といった一過性のものではない。
既に、消費行動には明確な変化がみられることは検証した。むしろ、今回のコロナ禍は、これまで当たり前と考えていた日常を破壊することで、新たな生活のスタンダードの創出を促す「触媒」として機能している面がある。
例えば、ZoomやTeamsなどを用いたビデオ会議は一般化しており、若い世代を中心に中高年齢層も取り込んで、ITリテラシーの水準を大きく底上げするとともにwork at home(在宅就労)の装置的基盤は多くのビジネス・パーソンの家庭に整えられたであろう。
出張の代替としてのビデオ会議の実施など、企業にとっても、対コロナだけではなく、コストの削減につながるという重要なインセンティブがあり、この点においても一過性ではない「コロナ禍のヒステリシス効果」とも呼べる長期的な影響を与え続ける公算は大きい。
ヒステリシス効果とは
この様に考えると、少なくとも、これまでも実際に人と人が合うことを前提とした対面販売のみを前提とした営業には一定の「逆風」が吹き続ける可能性は高く、その影響はボディー・ブローの様に次第に累積的に効いてくる。
長期的には、生命保険会社の営業力・収益力を弱める方向に作用するリスクは無視できないであろう。
また、経営的な観点から生保ビジネスの長期的な性格を考えると、回頭に時間を要する巨大船舶の操縦の様に、気が付いた時には最早手遅れといった状況になることだけは避けねばならない。
一般的には、生保の経営者は難しい立場にある。
まだ短期的には経営へのインパクトが限られており、全社的な危機感が醸成されるには至っていない。しかも、自主販売を基調とする企業文化を有する企業において、何らかの変化を起さねばならない決断に迫られていると考えられる。
次稿では、コロナ禍のみならず生命保険会社が直面していると考えられるより長期的・構造的な課題に踏み込むとともに、激変する経営環境への対抗手段としてのInsurTech(インシュアテック)の意義についても考えてみたい。
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生命保険が直面する多様な問題とInsurTech(上)
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