
「情報」を知ることが命を守るーいま知っておきたいがんの現実
がんは、いまや日本人の2人に1人が経験するといわれる身近な病気だ。しかし「本当に知っておいてほしいがんの情報は、驚くほど皆さんに届いていない」と高橋さんは警鐘を鳴らす。
高橋さんは、日本でも珍しい「がん治療とお金」に関するコンサルティングを行う、株式会社M&Fパートナーズで代表取締役を務めている。かつて勤務していた大手生命保険会社で、がんの現場と社会の間にある“情報の断絶”を痛感した経験から、2011年に独立。「いのちを支える情報を、もっと多くの人へ」を使命に、個人相談や講演・セミナーを通して日々がんの情報を発信し続けている。
今回のインタビュー前編では、日本の医療やがんの現状など、がんについていま高橋さんが皆さんに「知っておいてほしい情報」を中心にお届けする。
高橋義人さんのプロフィール
1988年に明治大学を卒業後、外資系大手生命保険会社に23年間勤務し、静岡・埼玉・大阪で支社長を歴任。2011年に独立し、その後「がん治療とお金」の専門コンサルティング会社・株式会社M&Fパートナーズを設立。
医療コーディネーターとして、がん患者の治療相談や病院紹介、アテンドなどの支援を行う傍ら、「がんに備えるマネープラン」「最先端がん治療とがんファイナンス」など、主に大手生命保険会社や上場企業からの依頼により、年間150回以上の講演を全国で実施している。
株式会社M&Fパートナーズのホームページ:https://mfpartners.co.jp/
「知っておいてほしい情報」が届いていない現実ーがんの情報格差への気付き
高橋さん:
まず、当社が何をやっている会社かといいますと、個別相談や企業さん主催のセミナーを通じ、「がん治療に関する情報提供サービス」を行っている会社です。
ただ、日本にはおそらく、当社のような業態で事業をしている会社はほとんどなくて、自分の子どもに「お父さんはどんな仕事をしているの?」と聞かれても、一言で説明するのが難しいくらいなんですね。それだけ、この領域だけに特化した会社が、日本では珍しいということだと思います。
高橋さん:
私はもともと、大学を卒業してすぐに外資系の生命保険会社に入社し、いわゆる内勤社員として23年間仕事をしていました。
自分で保険を販売する立場ではありませんでしたが、がん保険を代理店の方々に販売していただくために、がんについて勉強をしてきました。ところが、勉強を重ねるうちに、治療現場の実態と、保険会社で聞く話との間に少しギャップがあるのではないか、と感じはじめていました。
保険会社の中にいて、ある程度がんについて勉強していた自分ですらわからないということは、一般の方はなおさら、がんの情報をあまりよくお分かりになっていらっしゃらないのではないかと思うようになり、2011年に保険会社を退職しました。そして当時の仲間たちと一緒に、がんの治療に関する情報を提供する会社を立ち上げました。
会社設立の背景には、がんについて知っておいてほしい情報が一般の方にきちんと届いていないという現状の中、少しでも患者さんやご家族の役に立ちたい、そんな思いがありました。

みな平等に医療を受けられるのはなぜ?ー知っておきたい公的医療保険制度の仕組み
高橋さん:
では、その「知っておいてほしい情報」というのが少し抽象的でわかりづらいかもしれませんので、ひとつ例をあげてお話しします。
日本は公的医療保険制度、いわゆる健康保険制度がある国です。健康保険制度とは簡単に申し上げると、がんに限らず全国どこでも、同じような症状の患者さんが同じ料金で同じ治療を受けられるという仕組みで、これは公的医療保険制度の大前提です。
そのために必要なものが、ふたつあります。ひとつは治療の料金表、いわゆる「診療報酬」のことです。もし同じ治療なのに、北海道と東京で料金が違っていたら、公的制度として成り立ちませんから、診療報酬は決められたものがあります。
高橋さん:
もうひとつが「診療ガイドライン」です。これは、医師の先生方が所属する学会を中心に作られた全国統一の治療マニュアルのようなものです。実は、私たちが普段、3割負担で受けている健康保険の治療は、基本的にこのガイドラインに沿って行われています。
同じ症状の患者さんなら、基本的には全国の病院で同じ治療を受けられるということを可能にしているのが、この全国統一の治療マニュアルである「診療ガイドライン」です。
ただし、決して誤解のないように申し上げると、ガイドラインに記載されている「標準治療」とは、“現状最善の治療”と考えられているものです。よって、全国どこでも“現状最善の治療”を受けられるようにするために、この健康保険制度が存在しているんですね。

新しい治療がすぐに受けられないー患者が自由に治療を選べない背景にあるものとは
高橋さん:
ただ一方で、がんというのは今でも「原因がはっきりとわかっていない病気」です。
原因が特定されているのは、子宮頸がん・胃がん・肝臓がんの一部で、これらはウイルスにより感染することが判明しているものの、それ以外の多くのがんについては、今でも原因がわかっていないんです。
そして、原因がわかっていないからこそ、毎年世界中で新しい治療方法が続々と開発されている。ただ、そうした新しい治療法が、すぐに日本で健康保険の適用になるわけではないんですよね。
新しい治療を保険適用にするには、日本国内における安全性や治療効果に対するしっかりとしたデータを取る必要があります。それらが揃わない限り、国は絶対に保険適用にはしないんですね。
日本の健康保険制度は本当に素晴らしい制度です。しかし、そうした仕組みがあるからこそ、「患者さんが自由に治療を選べない」という実情も生まれていると感じています。
切らない乳がん治療を知っていますかー画期的な新治療も情報がなければ選べない
高橋さん:
例えば、日本のがん治療では、乳がんを含め複数の臓器にがんがある場合は、基本的に化学療法が行われますが、もし乳がんで転移がない場合は、基本的に手術を行うことになるんですよね。
女性の乳がん患者さんとお話しすると、もちろん乳房にメスを入れるのは嫌なんだけれども、それでも「命と引き換えなら受けざるをえない」と、手術に臨む方も結構いらっしゃいます。
しかし、実は昨年から「切らない乳がんの治療法」として保険適用になった治療があります。それは「ラジオ波焼灼法」という治療方法で、乳房に刺した針をラジオ波という高周波で熱し、がんがある部分だけを焼き切るというものです。そんな画期的な治療が、現在保険適用になっているんですね。
日本では2021年、新たに98,782人の方が乳がんと診断されていますから、もし乳がんと診断されたら受けられるかどうかは別として、話を聞いたり検討したりしたいと感じる女性の方は多いはずです。
高橋さん:
ところが、私が年間150回ほどセミナーや研修をやっておりまして、およそ2〜3万人の方に向けてお話ししているのですが、その中で「切らない乳がんの治療法が保険適用になったことをご存じの方はいらっしゃいますか」と聞いても、ほとんど手が上がらないんです。つまり、皆さんほぼこのことを全く知らないということなんですね。
もちろん、私は手術を否定したいとか、新しい治療を推進したいという立場ではありません。ただ、本来がんの治療とは「患者さんとご家族が選ぶもの」だと思っているので、こうした情報が届いていない現状は本当に残念だと感じています。

「がん=死」は昔の話ー転移していなければがんは治せる時代に
高橋さん:
しかし一方で、がんのイメージが昭和の時代で止まっている方も意外と多くいらっしゃいます。今でも「がんって見つかったら死んじゃうんでしょう」と思っている方は結構いるんですよ。
でも、例えば乳がんについて考えてみると、国が発表しているデータも対象や時期によって若干数字が異なる場合もありますが、あるデータでは転移がない状態で見つかった乳がんの5年生存率は、ほぼ100%と発表されていたりします。
また、男性が最も多く罹患する前立腺がんも、転移がない状態で見つかった場合の5年生存率は100%といわれています。
昭和の時代は、がんの患者さんにがんの告知をしてきませんでしたが、それはなぜかというと、がんになることは「死」を意味していたからです。しかし、このデータが示すように、今は明らかに状況が変わってきています。転移がない状態で発見されたがんは、ある程度の確率で治すことができるのです。
たばこ・酒はがんに悪影響ー生活習慣の改善でがんは予防できる
高橋さん:
国が掲げるがんのアクションプランに「がん対策推進基本計画」というものがあります。その中で、国がいの一番に掲げているのは「がん予防」です。「がん治療」ではありません。
予防にあたって大事なのが、まずは「生活習慣の改善」です。「がんにならないような生活習慣を身につけましょう」ということですね。
例えばたばこは、日本では昔から肺がんの原因といわれてきましたが、実際にはほとんどすべてのがんに悪影響があるという論文が世界中で発表されています。ですので国は、喫煙者には「たばこをやめましょう」、非喫煙者にも「副流煙を吸わないようにしましょう」というメッセージを出しています。それだけタバコは危険ということですね。
また、お酒も「百薬の長」とは言われていますが、やはりあらゆるがんに対して悪影響があるという論文がたくさん出ています。国が行ってきたバランスの良い食生活や、適度な運動の奨励に加え、こうしたがんのリスクを下げるような生活習慣を身に着けていただきたいということは、私からも皆さんにお伝えしたいお話ですね。
がんの早期発見で生存率が向上ー知ってほしい、がん検査の重要性と現状
高橋さん:
がんの予防にあたって大事なことのふたつめが「検査」です。「検査を受けて、がんを早く見つけて治しましょう」というのが、がん検診の受診啓発の目的です。
ある程度のがんなら治せるくらい医療技術が進んでいるからこそ、国は早期発見のために「がん検診を受けてほしい」と呼びかけているんです。
日本では、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんの5つが検診対象になっています。なぜこの5つのがんが対象かというと、これらは早期発見できれば5年生存率が向上するということが、国のデータで明確に示されているからです。ですから、これらの検診は受けなくてはならない検診なんですね。
高橋さん:
なお、がん検診を受けたからといって100%がんが見つかるわけではありませんが、日本のがん検診の受診率は、欧米の先進国と比べて極めて低いのが現状です。国もこれを問題視し、企業や自治体に様々な働きかけを行っていますが、なかなか改善されないのが現状ですね。
だからこそ、私たち保険に携わる者がやるべきことは、単にがん保険を販売することではなく、まずはがんの治療現場の現状を知ること、そして自分が知ったことをお客様に正しく伝えていくことだと思います。
そんな私から今まず皆さんに伝えたいのは「がん検査を受けましょう」ということ。そして、「現在はがんを十分に克服できる時代になっています」ということですね。

インタビュー後編に続く
現在、日本ではがんは早期発見できれば十分に克服できる時代になったものの、生活習慣の改善、がん検査の重要性など、知っておくべき情報はまだ多くの人に届いていないと高橋さんは語る。
後編では、正しいがん情報を手に入れる方法や保険での備え方について、高橋さんの豊富な経験から得た視点をさらに詳しくお届けする。





