マギーズ東京の相談支援の現場から―がんと生きる人の声に耳を澄ませて
がんの現場から ~ がん当事者・専門家インタビュー ~

マギーズ東京の相談支援の現場から―がんと生きる人の声に耳を澄ませて

認定NPO法人マギーズ東京 センター長 共同代表理事 秋山正子さんインタビュー【後編】

執筆者

コのほけん!編集部

Sasuke Financial Lab株式会社/編集部
専門分野・得意分野
保険

がんとともに生きる人々の悩みは、表に出にくいものが多い。治療による副作用と日常生活への影響、自己の尊厳にかかわる悩み、亡き家族への想い―。そこには非常に深い切実さがある。

マギーズ東京の相談支援の活動は、まず訪れたひとりひとりが語りたいことに耳を澄ませることから始まると、センター長の秋山さんは語る。今回は認定NPO法人マギーズ東京センター長で、共同代表理事を務める秋山正子(あきやま まさこ)さんのインタビュー後編をお届けする。

秋山さんのインタビュー前編はこちら

がんと共に生きる人の語られぬ悩みに、耳を澄ます

- がんの部位や種類によって、相談内容に違いはありますか。

秋山さん
細かく分けて分類すればあるかもしれませんけども。あまりそういったことにはこだわらずにいます。

マギーズ東京にいらっしゃる方の多くは病名を最初に言われますが、病名ではなくモヤモヤとした困りごとから話し始める方もいらっしゃいます。それを聞いたうえで「現在どういう経過ですか?」と後から聞いていく。来た方が話したいところから、聞いていくことを心がけています。

例えば、乳がんの治療で、最近よく処方されるようになったベージニオ®(一般名:アベマシクリブ)という薬は効果が高い一方で、従来の抗がん剤に多い吐き気や嘔吐の代わりに下痢を催すという副作用があります。

また、今、増えてきた大腸がんは、進行していると手術で腸を切り取ることになりますが、腸が短くなったことで「短腸症候群」を発症し、トイレの回数が増えるようになります。

そうすると便意をいつ催すかわからない状況なので、例えば電車に乗ることをためらったり、乗ることができてもトイレに近い車両じゃないと心配、ということになります。また、仕事中に便意を催すことが多いなら、仕事を家でできるものに変える選択肢もありますが、なかなか難しいこともあります。

こうした副作用に対し、そのうち慣れるというアドバイスをしたり、下痢止めの薬を出したりしておしまいというお医者さんも多いようで、そうした大変さをここに来てやっと吐露できたという方も多いですね。

- それはなかなか誰にも言えない悩みですね。

秋山さん
せっかく普通の生活に戻っても、こうしたがん治療の副作用をコントロールしなければならないことは大きなストレスです。その人の生活の質、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)も非常に下がってしまうことになります。それをきっかけに鬱になる人もいるほどです。

今起きている事象の中で、相談に来た方のQOLを下げていることは何なのか、それを少しでも改善していくにはどうしたらいいのか、深掘りしていくことが大事だと思っています。

秋山正子さん
秋山正子さん

ウィッグを求めた女性の想いがんでも守りたい「自分の尊厳」

- 特に心に残っている相談はありますか?

秋山さん
ある日、がんになった60代のお母さんと、その娘さんが親子でマギーズ東京にいらっしゃいました。地方に住むお母さんを娘さんが東京に呼び、がんの専門病院に通うことになったそうです。

相談は「抗がん剤治療前に、いつどこでどういうウィッグを買えばいいか」というものでしたが、とても思いつめた様子が印象的でした。

そこで、ウィッグについての話をしながら、お母さんご本人が今までしてきたことのお話を聞いていくと、その方は地域の中で、ある伝統芸能を伝える立場で、しかもかなり重要な役割をされているということがわかりました。公演の最後にはお客さまに顔を見せ、ご挨拶をする時間もあるそうです。

そうするとお辞儀をしたときに、抗がん剤の副作用で髪の抜けた頭を見せることになるが、それがお客さまに対し失礼ではないかと悩んでいたのです。なぜウィッグが欲しかったのか、それは「自分の髪の抜けた頭が嫌だから」ではなく「お客さまに失礼だから」必要だと考えていらっしゃった、つまりご自分の尊厳を保っていたいという思いがあったんですね。

そこで、ウィッグは買うこともできるが、帽子に付け毛をつけて手作りする方法もあると伝えたところ、自分なら手先も器用だし作れそうだとおっしゃいました。

さらに、がん治療をしながら伝統芸能を続けられることを、自分なら地域の子どもたちに伝える役目ができるかもしれない、ということにも気付かれたようでした。たとえ髪の毛のない姿でも、それで自分の尊厳が下がるわけではないし、自分で工夫すればウィッグだって手作りすることもできると。

- まさに、相談者さんの心が変わった瞬間ですね。

秋山さん
最初は顔も上げず、ウィッグのカタログを見てひたすらどれがいいかという話をしていた方が、伝統芸能の話をきっかけに表情が変わり、最後には「自分のやってきたことに誇りを持って、明日から頑張って治療に臨みます」と自信を取り戻して帰られました。

「母に何もできなかった」遺族の悔いに寄り添って

- ほかに、印象的だった相談はありますか。

秋山さん
マギーズ東京では、がんで家族を亡くしたご遺族の方の話を聞くこともあります。

ある日、母親をがんで亡くしたという30代の男性がいらっしゃったことがありました。話を伺うと「母に対し何もしてやれず、ずっと悔いを抱え続けて生きてきた」と。

それで詳しくお話を伺うと、その方のお母さんは最期まで、お弁当を毎日毎日作ってくれていたそうなんです。つらい症状もあっただろうに、病気の母にそうやって苦労をかけていたことが、ずっと引っかかっているんだという話でした。また、その方は仕事に就いていない時期もあったということで、最期までちゃんとした姿を見せることができなかった、とお母さんの見送りについても後悔していました。

それで、私はその人から見たら親と同じぐらいの年齢だし、母親としての経験もあるので、病気が進んだ状態でも、子どもにお弁当を作って渡すということは「子どもの生活を支えられたという、母親冥利に尽きる話ですよ」とお伝えしました。そしたら、それは彼にとって新しい視点だったようで、何かパッと気がついた様子でした。

私はその方のお母さんに会ったり、話を聞いたりしたことはないけれども、お母さんにとっては最期まで自分ができることをした、それは最期まで輝くように生きることができたということだから、「最期の日々、息子の弁当を作ることができたっていうのはお母さんにとって誇らしいことですよね」って、話をしたんです。

そしたら、その話が転機になったようで、その方はのちに医療系の専門学校へ進み、医療の仕事に就いたとしばらくたってから聞きました。

秋山正子さん
秋山正子さん

相談の場をもっと身近に支援の現場から見える課題

- 相談支援の在り方について、現在感じている課題はありますか。

秋山さん
マギーズ東京は開設から9年目を迎え、延べ約4万8千人の方がいらっしゃっています。

私たちは毎年12月に「マギーズ流サポート研修」を開催しているのですが、毎回全国からご応募があり、今まで400人以上の方が受講しています。マギーズマインドを受け継ぎ、それぞれの場で活躍する人も増えているのですが、マギーズセンターを自分達の地域でもやりたいと、手を挙げる方も結構いらっしゃいます。

がんについて、少しでも身近なところで相談ができる場が増えていけば非常にうれしいですが、一方で、こうした相談の場に対する経済的なバックアップは不十分だと感じています。

最近はがん対策の一環として「がんとの共生」を目的とした相談事業に予算を出す自治体もあるので、少しずつでも各地域の相談事業が充実していくことを望みます。

がんに限らず、他の病気についても、患者さんの話を聞きながら一緒に問題を整理し、必要な窓口につなげることでその方が一歩先に進めるような支援の形は大事だと思います。

遺された家族にも届く支えを-遺族ケアの現状と課題

- 相談支援の場について、他にどんなことが必要だと思いますか。

秋山さん
がんで大切な人を亡くした、遺族の方に対するケアも非常に大事なことだと感じています。マギーズ東京では、遺族の方との対面相談やグループプログラムの一環として、「グリーフケアの集い」を行っています。

よい看取りができ本当にやり切ったという方でも、しばらく時間が経ってはじめて、実はあのとき十分悲しめていなかったけれども、今なら泣いてもいいんだということに気づき、やっと泣けるようになったという話を聞くことがあります。やはりそういう時に、遺族ケアの重要性を強く感じます。

遺族の方に関わることには難しさもあるのですが、必要性の高い方が十分にフォローを受けられなかった結果、ご遺族自身が要介護状態に陥ってしまったり、病気を発症してしまったりするところも目にしてきました。

現在、一般的な病院で、遺族ケアを担う「遺族外来」があるところは非常に少なく、遺族ケアの窓口自体がやっぱり少ないということがあります。コロナ禍を機に閉鎖され、そのままになっていたりする現状もあります。

がんで大切な人を亡くされた方が、ずっとその死を引きずることがないよう、遺族の方むけの窓口について、情報提供の必要性は感じます。

- ありがとうございました。

秋山正子さん
秋山正子さん

まとめ

今回は前後編にわたり、認定NPO法人マギーズ東京センター長で共同代表理事を務める秋山正子さんに話をうかがった。

「がんに影響を受けた方が また自分の力で歩んでいけるように」。その思いは、マギーズ東京の空間にも、秋山さんやスタッフのまなざしにも確かに宿っていることを感じた。

がんと共にある日々の中で、誰かに話を聞いてほしいと思ったとき。不安や悲しみで押しつぶされそうになったとき。思いを静かに受けとめる場所として、マギーズ東京はあなたのことを待っている。

マギーズ東京について

  • ホームページhttps://maggiestokyo.org/
  • 住所:〒135-0061 東京都江東区豊洲6-4-18
  • 交通:

    ・電車で:ゆりかもめ「市場前」駅から徒歩5分
    ・東京駅丸の内南口からバスで:「都05-2東京ビッグサイト」行き約30分、バス停「新豊洲駅前」下車
    ・新橋駅前から:「市01豊洲市場」行き 約22分「市場前駅前」下車徒歩3分
    ・東陽町駅前から:「陽12-2豊洲市場」行き 約28分「市場前駅前」下車徒歩3分
    ・羽田空港からリムジンバスで:バス停「豊洲駅」または「国際展示場」下車、ゆりかもめに乗り換え「市場前」駅下車

  • 開館時間

    ・月曜〜金曜の平日 午前10時〜午後4時まで(土日・祝日はイベント時のみオープン)
    ・夜間オープン(ナイトマギーズ)原則毎月、第1,第3金曜日:午後6時~8時

  • その他

    ・開館のスケジュールは変更になることがあります。マギーズ東京のニュースのページ等でご確認ください。
    ・マギーズセンターは、宿泊施設ではなく、また、治療や検査、投薬や施術を行う医療機関ではありません。

がん保険の無料相談予約はこちら

執筆者

コのほけん!編集部

Sasuke Financial Lab株式会社/編集部
個人ひとりひとりが「この保険に決めた!」と納得できるように、保険の基本からメリット・デメリットを含む選び方、また保険金や給付金請求といった保険の使い方など役立つ情報から、役に立つかどうかちょっと疑問なマニアックな保険の情報、お金に関する情報を保険オタクのコのほけん!編集部員がお届けします。
個人ひとりひとりが「この保険に決めた!」と納得できるように、保険の基本からメリット・デメリットを含む選び方、また保険金や給付金請求といった保険の使い方など役立つ情報から、役に立つかどうかちょっと疑問なマニアックな保険の情報、お金に関する情報を保険オタクのコのほけん!編集部員がお届けします。
専門分野・得意分野
保険

関連記事

がんに影響を受けた人に寄り添う場所―マギーズ東京が生まれるまでの歩み

2025/08/21

がんに影響を受けた人に寄り添う場所―マギーズ東京が生まれるまでの歩み

がんは、いまや誰にとっても特別な病気ではなくなった。しかし、本人だけでなく、家族や周囲の人々にも深い衝撃や痛みをもたらす病であることに、いっこうに変わりはない。もし、突然がんと宣告されたとき。また、大切な人のがんに直面したとき。あるいは、がんで愛する人を失ったとき――その思いを、どこで受け止めてもらえばよいのか。「がんに影響を受けたすべての人が、自分の力を取り戻すために」。イギリスの当初エジンバラを本部とするマギーズセンター日本第一号として、2016年に東京・豊洲に開かれたマギーズ東京は、がんの当事者だけではなく、その家族や友人から仕事でがんに関わる人まで、がんに影響を受けた人たちすべてが立ち寄ることができる場として、穏やかな時間が流れている。今回は、認定NPO法人マギーズ東京センター長で共同代表理事を務める秋山 正子(あきやま まさこ)さんにお話を伺った。