乳房(にゅうぼう)とそのしくみ
乳房は、女性の出産時に乳汁を分泌する皮膚の付属器官です。
乳房内には母乳(乳汁)をつくる「乳腺」と呼ばれる腺組織と脂肪組織、血管、神経などがあります。
乳腺組織は、15~20の「腺葉」(せんよう)と呼ばれる組織にわかれ、さらに各腺葉は多数の「小葉」と「乳管」に枝分かれしています。
小葉は乳汁を分泌する小さな「腺房」が集まった組織です。各腺葉からは乳汁を運ぶ乳管が1本ずつ出ていて、脂肪で支えられています。
小葉や腺房と連絡し合いながら、最終的に主乳管となって乳頭(乳首)に達します。乳腺でつくられた乳汁は乳管を通って乳管洞(にゅうかんどう)にためられます。
乳がんとは
乳がんが発症する場所は約90%が乳管で、5~10%が小葉です。
乳管で発生したがんは「乳管がん」、小葉から発生する乳がんは「小葉がん」と呼ばれます。この2つのがんは、顕微鏡で乳がん組織を病理検査することで区別します。
乳がんの分類
なお、がんの性質で下記の3つの分類にわけられます。
- 非浸潤がん(乳管内がん) がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっているもの
- 浸潤がん 乳管や小葉を包む基底膜を破って外に出ているもの
- パジェット病(Paget病) 非浸潤がんが乳管が開口している乳頭に達して湿疹様病変が発生したもの
「パジェット病」については発生頻度は全乳癌の1~2%と低くなっているため、非常に稀ながんと言えます。
これ以外に、病期(ステージ)やがん細胞の特徴で「サブタイプ」という分類を行っています。
サブタイプ分類とは
サブタイプ分類とは、乳がんのがん細胞の特徴によって分類したものです。
がん細胞が女性ホルモンにより増殖する性質をもつか否か、がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクあるいはHER2遺伝子を過剰にもっているか否か、がんの増殖スピードが速いか否かといった特徴で、乳がんを4つのタイプに分類します。タイプにより、有効な治療方法が異なります。
なお、HER2タンパクは正常な細胞では細胞の増殖、分化などの調節に関与しています。
HER2遺伝子の増幅や遺伝子変異が起こると、細胞の増殖・分化の制御ができなくなり、細胞が悪性化、つまりがんになります。
ルミナルA型
女性ホルモンにより増殖する性質をもち、かつ、がんがふえるスピードが遅いという特徴をもちます。
ルミナルB型
女性ホルモンにより増殖する性質をもち、かつ、がんがふえるスピードが速いという特徴をもちます。
HER2型
女性ホルモンにより増殖する性質をもたず、かつ、がんがふえるスピードが速いという特徴をもちます。
トリプルネガティブ
女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンの影響で増殖する性質をもたず、がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクあるいはHER2遺伝子を過剰にもっていないという特徴をもちます。
3つの陰性(エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陰性)を意味してトリプルネガティブと呼ばれます。乳がん全体の約10〜15%を占めます。
乳がんの原因
乳がんの原因として女性ホルモンのエストロゲンが深く関わっています。
エストロゲン(卵胞ホルモン)とは主に卵巣でつくられる女性ホルモンです。
このエストロゲンが体内に多いこと、また、体内にエストロゲンを加えることで排卵を抑制する経口避妊薬いわゆるピルの使用、閉経後の更年期障害の治療であるホルモン補充療法が乳がん発生率を高めます。
環境による原因
これ以外にもエストロゲンに晒される時間が長い人、エストロゲンの分泌が高くなる月経の回数が多い人ほど、乳がんになりやすいと言え、下記のような場合が考えられます。
- 初経年齢が低い
- 閉経年齢が遅い
- 出産経験がない
- 初産年齢が遅い
- 授乳経験がない
生活習慣による原因
- 飲酒
- 閉経後の肥満
- 身体活動度が低い
その他の原因
- 遺伝的要素として第一親等で乳がんになった血縁者がいる
- 良性乳腺疾患の罹患
- マンモグラフィで高濃度乳房であることがわかる
- 身長が高い
- 放射線による正常細胞への障害がある
乳がんの症状
乳がんの発見は様々なケースがありますが、自分で乳房のしこりに気づく、マンモグラフィ等で乳がん検診を受けて疑いを指摘される、乳がんが乳房の周りのリンパ節、乳房から遠い臓器(骨、肺、胸膜、肝臓、脳等)に転移したことで起きる症状で見つかるなどがあります。
乳がんの代表的な症状は下記の3つです。
- 乳房のしこり
- 乳房のエクボなど皮膚の症状
- 乳房周辺のリンパ節の腫れ
それぞれの症状を具体的に見ていきましょう。
乳房のしこり
乳房を注意深く触れるとくるみのように硬くてゴツゴツした感触のしこりがあることがわかります。
ただし、しこりのすべてが乳がんではありません。
乳がん以外にも、乳腺症(にゅうせんしょう)、線維腺腫(せんいせんしゅ)、葉状腫瘍(ようじょうしゅよう)等もしこりの症状がでます。
葉状腫瘍は乳腺に発生するまれな腫瘍で良性・境界・悪性があります。良性と判断され切除を行なっても、手術後に局所再発を生じたり、再発を繰り返すと悪性化する場合もあります。
乳房のエクボなど皮膚の症状
乳がんが乳房の皮膚の近くまで発達すると、エクボのようなひきつれ、乳頭や乳輪部分に湿疹(しっしん)・ただれ、オレンジの皮のように皮膚がむくみ赤くなったりします。乳頭から血の混じった分泌液が出ることもあります。
乳がんには、乳房のしこりがはっきりしない、乳房の皮膚が赤い、痛みや熱を持つ症状が出る「炎症性乳がん」というものがあります。
がん細胞が皮膚に近いリンパ管内で増殖し炎症を起こすため生じる症状です。
この症状は乳がん以外の病気でも起こるため検査が必要です。
代表例として良性腫瘍の線維腺腫(せんいせんしゅ)、乳腺症、細菌感染が原因の乳腺炎や蜂窩織炎(ほうかしきえん)が挙げられます。
乳房周辺のリンパ節の腫れ
乳がんは、乳房の近くにあるリンパ節に転移しやすい性質を持っています。
特に、わきの下にある腋窩(えきか)リンパ節、胸の前方中央を縦に構成する胸骨のそばの内胸リンパ節や鎖骨上のリンパ節に転移しやすいため、これらのリンパ節を乳がんの「領域リンパ節」と呼びます。
例えば、腋窩リンパ節が大きくなると、わきの下にしこりができ、リンパ液の流れが悪くなってしまうので、腕がむくむ、腕に向かう神経を圧迫して腕がしびれる等の症状がでます。
遠隔転移の症状
乳がんは転移しやすい性質を持つのですが、転移した臓器ごとに症状はさまざまで無症状の場合もあります。
領域リンパ節以外のリンパ節が腫れる場合は、遠隔リンパ節転移(えんかくりんぱせつてんい)といいます。
腰、背中、肩の痛みなどが持続する場合は骨転移の可能性、咳(せき)や呼吸困難の場合には肺転移の可能性が考えられます。
肝臓の転移は症状が出にくいのですが、肝臓のがん細胞が増え肝臓が肥大化すると腹部が張り、食欲がなくなることもあり、痛みや黄疸(おうだん)が出ることもあります。
統計からみる乳がんの発生率
2013年の女性について、がん診断者数は女性363,732人、がん死亡者数147,897人でした。
そのうち、乳がん死亡者数は女性約13,148人、女性のがん死亡全体の約9%です。
2013年の女性乳がんの罹患(りかん)数(全国推計値)は、約76,839例(上皮内がんを除く)で、女性のがん罹患全体の約21%を占めます。
年齢階級別罹患率でみた女性の乳がんは、30歳代から増加傾向にあり、40歳代後半から50歳代前半がピークで、その後は次第に減少します。
乳がんは女性特有のがんではなく、男性でも罹患することがあります。男性の乳がん罹患率は女性乳がんの1%程度です。発症年齢は、女性に比べ5~10歳程度高い傾向があります。
乳がんの年齢調整死亡率※2 の年次推移が、死亡、罹患ともに増加しており、出生年代別でみると最近の出生者ほど死亡率・罹患率が高くなっています。
※2 年齢調整死亡率とは、観察集団と基準となる集団の年齢構成の違いを考慮して補正した死亡率。年齢構成の著しく異なる群間の比較を可能にするもの。
乳がんの治療方法
乳がん治療は手術が基本になります。手術は、乳房温存手術(にゅうぼうおんぞんしゅじゅつ)と乳房切除術(にゅうぼうせつじょじゅつ)の2つの方法があります。
乳房部分切除術(にゅうぼうぶぶんせつじょじゅつ)
腫瘍から1~2cm離れたところで周囲の乳腺と一緒に乳房を部分的に切除します。
乳房切除術(にゅうぼうせつじょじゅつ)
乳がんが広範囲に広がっている場合や複数のしこりが離れた場所に存在する等の多発性の場合は、はじめから乳房を全部切除します。
乳房再建術(にゅうぼうさいけんじゅつ)
乳房切除術後に、患者自身のおなかや背中などから採取した組織(自家組織)またはシリコンなどの人工物を用いて、新たに乳房をつくることを乳房再建(にゅうぼうさいけん)といいます。
乳頭を形成することも可能です。乳房切除の際に乳頭を残す場合は、ほんのわずかですが、がんの再発するリスクが残ります。
再建の時期は、一次再建と言って乳がんの手術と同時に行うものと、二次再建といって数カ月から数年後のように時間をおいて行うものがあります。
再建手術は主に形成外科医が担当です。
従来は自家移植の場合にのみ公的医療保険が適用されていましたが、現在はシリコン・インプラントなどの人工物を使う場合にも、保険の適用が拡大されています。現在でも、手術の内容や、病院によっては自費診療の場合もあります。
自家組織(じかそしき)による乳房再建術(にゅうぼうさいけんじゅつ)
自家組織とは、自分の体の組織、例えば、お腹や背中の筋肉、脂肪、皮膚等を指します。
できるだけ目立たない部分の自分の体の組織を使って乳房を再建するのが自家組織による乳房再建術です。
この方法のメリット・デメリットは下記の通りです。
メリット
- 乳房が柔らかく温かみがある
- 自然な形で体勢によって乳房の形が変わる
- 体型や加齢による変化で乳房の大きさや形が変わる
デメリット
- 乳房再建のために組織を取った部分に新しく傷痕が残る
- 手術時間や入院期間が長い
- 体への負担が大きい
インプラントによる乳房再建術
インプラントとしてシリコンの人工乳房を挿入する方法です。
インプラントとは、人工の材料や部品を体に入れることを指しています。
乳がんにおけるインプラントとは、シリコンの人工乳房で数百種類あります。切除した乳房の幅・高さ、横から見た時の形状、重さに合わせて選ぶことができます。
この方法のメリット・デメリットは下記の通りです。
メリット
- 乳がん治療のための乳房切除の傷痕だけで済み、新しい傷痕が残らない
- 手術時間や入院期間が短い
- 体への負担が少ない
デメリット
- 乳房がやや硬くなり、体温を感じにくい
- 姿勢によって乳房の形が変わらない
- 体型や加齢による変化の影響を受けないため乳房の大きさや形が変わらず不自然になる
- 経年による大きさや形の自然な変化がないため将来的にシリコンの交換・摘出が必要になることがある
2013年にインプラントによる再建の一部が保険適用になったことから、乳房切除術からインプラントによる乳房再建術を受ける患者が増えています。
乳がんの外科手術と併用される治療法
乳房部分切除術と乳房切除術の2つの手術と合わせて併用されるのが下記の治療法になります。
放射線治療
放射線とは放射性物質から放出される粒子や電磁波の総称です。
放射線の仲間には、粒子線(アルファ線、ベータ線、中性子線、電子線)と電磁波(ガンマ線、エックス線)があります。
がんの治療に使われている放射線は、ガンマ線、エックス線、電子線が中心です。その他に、陽子線、重粒子線が研究段階で先進医療という形で治療が行われています。
放射線治療とは、高エネルギーの電磁波を体の外から照射することで、照射された部位のがん細胞のDNAに直接作用し、がん細胞が分裂して増加する能力を邪魔したり、細胞が自ら死んでいく現象(アポトーシス)を増強しがん細胞を殺す治療法です。
がんが小さくなる効果が期待できます。放射線照射を行った部分だけに効果を発揮する局所療法です。
乳がんの乳房部分切除術のあと、温存した乳房やリンパ節での再発の危険性を低くするため、放射線治療の併用が多いです。
がんが再発した場合、がんの増殖や骨転移に伴う痛み、脳への転移による神経症状などを改善のため実施されることもあります。
放射線を照射する範囲や量は、放射線治療を行う目的、病巣のある場所、病変の広さなどによって選択されます。
多くの場合、外来での治療が可能です。
副作用は主に下記の通りです。
- 疲れやすい
- 食欲がなくなる
- 貧血、白血球減少、血小板減
- 皮膚の変化(日焼けのような赤みをもつ)
治療が終了して数カ月以内に遅れて出る副作用として、肺に炎症が起こる可能性があります。
薬物療法
薬物療法は目的と、病期(ステージ)、リスクなどにあわせて行われます。
薬物の組合せと治療方針は、がんの進行度や性質、病理検査の結果など総合的に検討され、「サブタイプ分類」で、がん細胞の特性に合わせた薬物療法が選択されます。
しこりの大きさやリンパ節転移の有無に加え、がん細胞の増殖に関わる要因から再発の危険を予測し、再発の可能性が高い場合、より再発抑制効果の強い治療を行い、そのリスクの低減を図ります。
なお、ルミナルA型は再発の危険性が低く、化学療法をほとんど必要としなくなっているそうです。
サブタイプ分類 | 選択される薬物療法 |
ルミナルA型 | 内分泌(ホルモン)療法、(化学療法) |
ルミナルB型(HER2陰性) | 内分泌(ホルモン)療法、化学療法 |
ルミナルB型(HER2陽性) | 内分泌(ホルモン)療法、分子標的治療、化学療法 |
HER2型 | 分子標的治療、化学療法 |
トリプルネガティブ | 化学療法 |
副作用については、予防や対策を講じながら治療を進めます。
主な副作用は、脱毛、手足のしびれ、不眠などです。
薬の性質によっては卵巣機能に障害がでて、不妊の長期的な副作用が出る可能性もあります。妊娠の希望なども含めて、乳がんの治療後の生活を視野に治療について検討する必要があります。
妊娠・出産については下記の記事をご参照ください。薬剤が高額であったり、投与期間が長かったりで、医療費が高額となる場合があります。
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内分泌(ホルモン)療法
女性ホルモンとは、卵胞ホルモンのエストロゲンと、黄体ホルモンのプロゲステロンの2種類です。主に卵巣から分泌(ぶんぴつ)されています。
乳がんは「ホルモン受容体」(エストロゲン受容体[ER]とプロゲステロン受容体[PgR])の有無で分けることができます。
(1)エストロゲン受容体陽性 / プロゲステロン受容体陽性
(2)エストロゲン受容体陽性 / プロゲステロン受容体陰性
(3)エストロゲン受容体陰性 / プロゲステロン受容体陽性
の3つの組み合わせになります。
手術後に、ホルモン受容体の有無について、がん組織を詳しく調べます。
「ホルモン受容体」がある乳がんは、女性ホルモンががんの増殖に影響していると言われています。
内分泌(ホルモン)療法は、女性ホルモンの分泌や働きを妨げることで乳がんの増殖を抑える治療法で、ホルモン受容体がある乳がんであれば、抑制の効果が期待できます。
内分泌療法には以下の薬剤などが使用されます。
抗エストロゲン剤
乳がんの術後や転移性乳がんに適用。女性ホルモンのエストロゲン受容体への結合を阻害する。
選択的アロマターゼ阻害剤
閉経後の女性に対してアロマターゼの働きを抑え、女性ホルモンの産生を抑える。閉経前女性に、卵巣からの女性ホルモンの分泌を抑えるLH-RHアゴニストを併用することもある。
LH-RHアゴニスト(黄体ホルモン放出ホルモン抑制剤)
LH-RHとは、脳の視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモンのこと。閉経前女性は、LH-RHが視床下部から放出されると下垂体はLHを放出し卵巣を刺激し卵巣がエストロゲンをつくる。LH-RHの働きを抑えて卵巣でエストロゲンを作られなくすることで乳がんの増殖を抑える。
その他にも、プロゲステロン製剤などを使用する場合もあります。
治療目的や使う薬の種類で治療期間、効果の目安は変わりますが、手術後に実施する場合は5年間から10年間の投与が目安となります。
副作用については、化学療法に比べて軽いといわれています。
主な副作用は下記の通りです。
- 顔面の紅潮やほてり
- のぼせ
- 発汗
- 動悸(どうき)など
更年期障害のような症状が出る場合があり、その多くは治療を開始して数カ月から数年後には治まります。
症状によって使用するホルモン剤の種類を変更、症状を和らげる薬を投与することもあります。
薬剤によっては高脂血症、血栓症、骨粗しょう症のリスクが高まることが知られているので、リスクを減らすための治療を併用することもあります。
化学療法
がん細胞は、正常細胞と違い、際限なく増殖し続けるという性質があります。化学療法は抗がん剤(殺細胞性抗がん剤)により、細胞増殖を制御しているDNAに作用したり、がん細胞の分裂を阻害したりすることで、がん細胞の増殖を抑えます。
(1)術前化学療法
手術を行うことが困難な場合や、しこりが大きいために乳房部分切除術ができない場合には、3カ月から半年ほどの化学療法を行い、腫瘍を縮小させてから手術を行う方法があります。これを術前化学療法といいます。
この方法によって、手術や乳房部分切除術を受けられる人が増えています。術前化学療法で腫瘍が十分に縮小しない場合は、乳房切除術を行ったり、必要に応じて放射線治療や内分泌(ホルモン)療法を追加したりすることもあります。
(2)術後化学療法
早期の乳がんでは、多くの場合、転移・再発を防ぐ目的で、手術後に化学療法を行います。
手術後に化学療法を行う目的は、どこかに潜んでいる微小転移を死滅させることです。手術後の化学療法によって、再発率、死亡率が低下することが報告されています。
作用が異なる複数の抗がん剤を使用することによって、がん細胞をより効果的に攻撃できることが明らかになったことから、術後化学療法においては複数の抗がん剤を組み合わせて使用します。
(3)主な副作用
化学療法は正常な体にとっても毒であるため、各副作用があります。
最近は化学療法の副作用に対する予防法や対策が進歩していることもあり、外来通院しながら治療を受けることが多くなっています。
特に髪の毛、口や消化管などの粘膜、あるいは血球をつくる骨髄など新陳代謝の盛んな細胞が影響を受けやすく、脱毛、口内炎、下痢が起こったり、白血球や血小板の数が少なくなったりすること(参照:白血球減少、血小板減少)があります。
その他、全身のだるさ、吐き気、手足のしびれや感覚の低下、筋肉痛や関節痛、皮膚や爪の変化、肝臓の機能異常などが出ることもあります。
分子標的治療
分子標的治療薬は、がんの増殖に関わっている分子を標的にして、その働きを阻害する薬です。
分子標的治療薬にはさまざまな薬剤があります。
乳がんでは、細胞の表面にあり乳がんの増殖に関わっていると考えられているタンパク質(HER2:ハーツー)の働きを阻害する抗HER2薬が、手術の前後や再発した場合などに、腫瘍の性質に応じて使われています。
病理検査でHER2が陽性であることがわかった場合に治療が検討されます。分子標的薬はがん細胞だけを狙い撃ちに治療をするため、一般に副作用は軽いですが、寒気や発熱など特有の症状が出ることがあり、確認しながら治療していきます。
乳がんの医療費とがん保険の給付金の金額の目安
乳がんの治療は部位に対する「局所治療」である手術と放射線療法等と、抗がん剤やホルモン剤等の薬物を血流に乗せて循環させ、全身の細胞に到達させて作用させる「全身治療」を組み合わせて行います。
健康保険制度により、診療報酬点数から計算された治療費の3割(70歳以上は1~3割)を病院の窓口で支払うことになります。
以下は、一般社団法人日本乳癌学会の「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」から引用した初期治療の例と大まかな費用の目安です。
このほかに,必要に応じて検査の費用が別途かかります。医療費が高額になる場合は,高額療養費制度を利用したり,薬の治療ではジェネリック医薬品(特許が切れた医薬品を他の会社が製造した後発医薬品のことで,価格がブランド品よりも安い)を検討したりすることもできます。
※出典: 日本乳癌学会「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」
(1)入院と手術
《入院7日間・センチネルリンパ節生検・温存手術腋窩リンパ節郭清なしの場合》
総額およそ75万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)23万円《入院14日間・乳房切除術・腋窩リンパ節郭清ありの場合》
総額およそ100万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)30万円
乳房温存手術と切除術,リンパ節郭清(かくせい)の有無,乳房再建の有無によって,治療費に多少の差があります。なお,公的保険が適用されない入院中の食事代や差額ベッド代などの諸費用は別にかかります。
(2)放射線療法
《放射線療法(温存手術後25回照射の場合)》
総額およそ47万~70万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)14万~21万円
週5日、5週間の治療を行う場合、毎回の支払い額は、およそ5,000~8,000円(初回は管理費など,およそ1.0万~1.6万円が加算)となります。場合によって、追加照射することがあります。
(3)ホルモン療法(内分泌療法)
閉経前と閉経後では、治療に使うホルモン剤が異なり、投与期間は2~10年となります。どの薬を何年続けるかで治療費は変わります。抗エストロゲン薬やアロマターゼ阻害薬の一部では、ジェネリック医薬品も多く出ていて、薬価に差があります。
閉経前
《LH-RHアゴニスト製剤・皮下注射(リュープリン12週ごと1年間の場合)》
総額およそ29万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)8.8万円
*1回の支払い:およそ2.2万円《LH-RHアゴニスト製剤・皮下注射(ゾラデックス4週ごと1年間の場合)》
総額およそ47万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)14万円
*1回の支払い:およそ1.2万円閉経前・後
《抗エストロゲン薬・飲み薬(ノルバデックス1年間内服の場合)》
総額およそ12万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)3.5万円閉経後
《アロマターゼ阻害薬・飲み薬(アリミデックス1年間内服の場合)》
総額およそ18万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)5.4万円
(4)化学療法(抗がん剤治療)
〈身長160cm,体重50kgの方の場合〉
《AC療法(3週ごと4回)》
総額およそ13万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)4万円
*1回の支払い:およそ1万円《TC療法(3週ごと4回)》
総額およそ47万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)14万円
*1回の支払い:およそ3.5万円《FEC療法(3週ごと6回)》
総額およそ53万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)16万円
*1回の支払い:およそ2.6万円《3週毎ドセタキセル(3週ごと4回)》
総額およそ47万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)14万円
*1回の支払い:およそ3.5万円《毎週パクリタキセル(毎週12回)》
総額およそ68万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)20万円
*1回の支払い:およそ1.6万円
化学療法はいくつかの抗がん剤を組み合わせて行い、その投与量は体重と身長から計算される体表面積によって異なります。上記治療費には、吐き気止め薬剤や外来化学療法料などの諸費用を1万円として加算してあります。
(5)分子標的治療
〈体重50kgの方の場合〉
《3週毎トラスツズマブ(3週ごと18回)》
総額およそ216万円・実際に支払う金額(3割負担の場合)65万円
*初回の支払い4.7万円 2回目以降3.5万円
投与量は体重によって算出されます。初回は,2回目以降より投与量が多くなります。施設によっては、副作用の出方などを確認するために入院して行うこともあります。この場合、3日ぐらいの入院費が別にかかります。
(6) 乳房再建術の医療費
2013年7月から、一部のティッシュ・エキスパンダー(皮膚拡張器)とブレスト・インプラント(ラウンド型)が、2014年1月からはインプラント(アナトミカル型)が、乳がんで乳房切除術(全摘術)を行った患者に対する乳房再建に限り、健康保険の適用下で使用できることになりました。
インプラントによる乳房再建の費用は片側100万円程度といわれてきましたが、健康保険の適用により30万円程度で受けられるようになりました。
その結果、下記の表のように、すべて保険適用の製品を使った場合、ティッシュ・エキスパンダーの挿入を含めたインプラントによる再建の費用は、自家組織による再建の費用と大差がなくなりました。
乳房再建術を検討するうえで、インプラントによる再建の費用のハードルが下がったことは、患者にとって朗報といえるでしょう。
自家組織による再建 | インプラントによる再建 | |
---|---|---|
ティッシュ・ エキスパンダー (皮膚拡張器)の挿入 |
インプラントの挿入 | |
30~60万円 | 10万~20万円 | 30万円程度 |
※手術方法、医療機関によって異なります。
医療費とがん保険の給付金の設定目安
医療費目安としては、乳がんの場合、20〜100万円前後がかかることになります。
このことから、診断給付金もしくは給付金の金額の目安として、50万円前後であれば必要最低限度と考えることができます。
乳房再建術までを考えると、総額100万円ほどが目安になります。
また、がん治療後の後遺症として、妊孕性(にんようせい)の低下・廃絶(はいぜつ)の問題に直面する可能性があることを考えると、治療開始に時間の余裕があるのであれば、妊孕性の温存についても考えておきたい部分になります。
卵子凍結であれば初期費用が35万円、凍結を更新する維持費が年2~6万円ほどかかるため、妊孕性の温存までを考えると、200万円前後が目安となります。
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まとめ
乳がんの治療は、手術を含め様々な治療が行われるので、いざという時の保険もそれに備えたものが必要となります。
治療するだけではなく、治療後のその先にある生活を考えたときに選べる選択肢を残すためにも、がん保険の給付金の金額が重要になってきます。
必要な保障の金額や加入すべきがん保険の種類がわからないという方は、例えば、定期タイプの保険だと、若い内は保険料が安いですが、年齢を重ねるごとに保険料が高額になってしまうデメリットがあるので注意が必要です。
終身タイプの保険であれば最初は割高ですが生涯保険金額が変わらないので安心して保険金を払い続けることができます。
多くの保険会社の保険を取り扱い、患者さんの家庭の経済状況も踏まえた上でアドバイスをくれる独立系のファイナンシャルプランナーに相談するのはとても良い考えですので、ぜひ利用してみることをお勧めします。
個別の状況に応じて、最適なプランを中立の立場でアドバイスしてもらえます。